ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容

P.Hindemith:Symphonic Metamorphosis of Themes by C.M.von Weber 


 ふつう、音楽といえば「感覚的」なもの、というイメージがありますよね。しかし、これから皆さんにお聴かせする曲は、かなり耳慣れない響き…というよりも、かなり厳格というか理屈っぽい響きがするはずです。そう、その通り。厳格な作曲家の理屈っぽい作品なのです。
 パウル・ヒンデミット(1895〜1963)は、作曲家であると同時にヴァイオリンとヴィオラ、加えてピアノの名手であり、さらには他の楽器についても1週間ほど練習すればマスターできるほどの才能を持っていました。しかし彼の場合それだけにとどまらず、20世紀前半を代表する音楽学者として、彼の音楽作品以上に、論文や著作物が多く残されています。
 例えばヒンデミットの提唱した「実用音楽」論――当時シェーンベルクやウェーベルンが「12音技法」などの理詰めの音楽を作り続けた結果、一般大衆が最前線の音楽について行けなくなった現実を認め、もっとアマチュア演奏家でも取組めるようなわかりやすい作品を作って、聴衆不在の現代音楽の流れを変えようと、彼なりに試みたのです。彼の作品の最大の特徴であるドイツ的な「厳格さ」の最大の原因は、難解な不協和音の中にも、あのヨハン・セバスチャン・バッハのようなきっちりした形式や調性を守っているところにあるのです。
 そんな彼がアメリカ滞在中の1943年にニューヨーク・フィルハーモニックからの委嘱で作曲したのがこの「ウェーバーの主題による交響的変容」で、敢えて1世紀も前の作曲家であるカルロ・マリア・フォン・ウェーバーによるごく普通の主題を使用して自由に展開することにより、少しでも(ほんの少しだけですが)聴衆がとっつきやすくするような配慮がなされています。
 初演は1944年1月20日、アルトゥール・ロジンスキー指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによって行われました。
 

第1楽章 アレグロ
(ウェーバー原曲:ピアノ連弾のためのアレグロOp.60-4)

 原曲は田園風景を彷彿とさせる、ハンガリー風の舞曲です。ヒンデミットはこの土臭さをそのままに、都会的な味付けを施し、ディヴェルティメント風に仕上げています。冒頭の弦楽器や中間部のオーボエの旋律はウェーバーの原曲をそのまま生かし、その裏に音が濁ってしまうほどおびただしい数の対旋律を配置しました。もし本日、皆さんのご家族やお知り合いの方がステージに乗っていらっしゃるのでしたら、ソロだけでなく、ちょっとだけその人の奏でる伴奏にも注目してあげて下さい。きっと、調性をずらした不思議なハーモニーや神秘的でちょっとかっこいいメロディーが聞こえてきますよ…。
 

第2楽章 トゥーランドット,スケルツォ モデラート〜レプハフト(活き活きと)
ウェーバー原曲:劇音楽「トゥーランドット」Op.37より序曲と行進曲)

 この楽章は、全4曲のなかでも最もヒンデミットの面目躍如たる楽章です。
 もともとはウェーバーの劇音楽「トゥーランドット」(中国を舞台にした物語。のちにブゾーニやプッチーニもこの題材でオペラを書いています)序曲と行進曲がベースです。原曲は小太鼓のリズムに乗ってピッコロを先頭にエキゾチックでかわいらしい行進曲が始まるのですが…
 幻想的な鐘の音を伴い、遠くからこの行進曲の断片が聞こえてきます。小太鼓のリズムは、大小さまざまな打楽器によるガムラン風のアンサンブルに置きかえられ、これが急激にテンポを速めてチェロから始まるフーガの主部に入ります。あちこちで不協和音が生じ、不安定さが増して来ます。一旦頂点に達すると全てが崩れ、こんどはトロンボーンを先頭に、金管楽器・打楽器セクションによるブルーノート(旋律を部分的に半音ずらす、ジャズの手法)やシンコペーションを多用した展開が始まります。このへんは、管弦楽をジャズのビッグ・バンドに見たてたオーケストレーションが施されており、ドイツ人でありながらジャズの影響を受けているヒンデミットの独壇場です(この曲の依頼主であるニューヨーク・フィルハーモニックへのサービス?)。先ほどのフーガ風の主題が再現して再び盛り上がると、ティンパニと鐘の音を伴い、潮が引くようにフェードアウトされて終わります。
 

第3楽章 アンダンティーノ
(ウェーバー原曲:ピアノ連弾のためのアンダンティーノOp.10-2)

 原曲は、ノクターン風の淡々としたピアノ曲です。前半は原曲の雰囲気に近く、クラリネットとファゴットの独奏に、少しだけ重厚な伴奏が加わる程度です。中間部もほぼ原曲どおりですが、ヒンデミットにより「トランクィロ(静かに)」と書き加えられ、神秘的な雰囲気がかもし出されます。
 後半の再現部は先ほどの主旋律の回りを超絶技巧のフルートがコールアングレなどの合いの手を伴い、鳥たちのように終止飛び交い続けます。
 

第4楽章 行進曲
(ウェーバー原曲:ピアノ連弾のための行進曲Op.60-7)

 原曲は「Marcia(行進曲)」というタイトルとMaestoso(厳かに)という表記しかありませんが、どう聴いても葬送行進曲にしか聞こえない、ゆっくりしたテンポが似合いそうな曲です。ヒンデミットはここで敢えて原曲の曲調にこだわらずに発想を180度転換し、アップテンポによるかっこいい演奏会用マーチとして味付けを施しました。
 重苦しい導入部は金管楽器のファンファーレに置きかえられ、続いて木管楽器群で緊張感のある主題が始まります。中間部はほぼ原曲どおりに、3連符のリズムに乗って4本のホルンが主題を奏しますが、葬送行進曲的な原曲を忘れさせるような心地よい響きです。小太鼓とトロンボーンで主題が再現したのち金管楽器の主導により最後のクライマックスが築かれ、最後は叩きつけるようなB-Dur(変ロ長調)の和音で終わります。
 
 
 

(2001.6.3)


もとい