スメタナ:交響詩「モルダウ」(連作交響詩「我が祖国」より第2曲)

B.Smetana:"The Moldau"Symphonic Poem ,from “My Country” 


日本を象徴する風景というと、皆さんは何を連想しますか?やっぱり、まずは富士山ですよね。本日の1曲目はいわばチェコ人にとっての「富士山」、すなわち自然が創り出したチェコの象徴・モルダウ(ヴァルダヴァ)河がテーマです。

ベドルジハ・スメタナ(1824〜1884)は同じチェコ出身で後輩格であるドヴォルジャークと共に、土地に根ざした作風を持つ、いわゆる「チェコ国民楽派」として有名な作曲家です。そしてスメタナはヨーロッパ各地で研鑚を積みつつも、やはり自らが生まれ育ったチェコのことが忘れられず、帰国後「ヴィシュフラド(高い城)」「モルダウ」「シャールカ」「ボヘミアの森と草原にて」「ターボル」「ブラニーク」という一連の交響詩を次々と世に出し、祖国への熱い思いを託します。そしてこの6曲は今からちょうど120年前の1882年11月、この順番で連作交響詩「我が祖国」としてプラハにて初演され、大好評を博しました。以来この曲はチェコ国民の愛国心を象徴する傑作として、現在チェコで毎年行われている「プラハの春音楽祭」の初日は決まってチェコ・フィルハーモニーにより「我が祖国」全曲が演奏される等、スメタナの生涯をかけた愛国心はたくさんのチェコ国民に受け継がれています。

 この「モルダウ」はその連作交響詩の2曲目で、しばしば単独でも演奏されます。幸いなことに作曲者自身により、ここは何を描写しているのか具体的な注釈が残っており、曲を初めて聴く人でも容易にその場面を想像できます。以下その必見ポイント(?)を順を追って記しておきますので、約12分間の「バーチャル川下りツアー」をごゆっくりお楽しみください。

 

○「モルダウの最初の源流」

 水源地はチェコ西部の山の奥深くです。2本のフルートにより雪が溶けてやがて流れとなる様子が表されています。繊細なハープのハーモニクスとヴァイオリンのピチカートは、あちこちで陽の光に当たってきらめく水のしずくです。

 

○「モルダウの第2の源流」

さきほどの源流(フルート)にやや温度差のある別の流れ(クラリネット)が合流し、少しだけ水に温かさが加わります。こうして徐々に楽器の数が増え、水が集まり、河の流れが出来上がってきます。ここでオーボエを伴った弦楽器により、最も有名なモルダウ河の主題が提示されます。

 

○「森〜狩り」

 流れは森の中に入り、ホルンのシグナルとともに馬に乗った勇壮な狩人が横切ります。角笛の音が森のあちこちにこだまします。牧場のカウベルも時折聞こえ、弦楽器による河の流れは絶え間なく続きます。

 

○「村の婚礼」

拍子は6/8拍子から2/4拍子に変わります。そして森を抜けると少し視界が開け、村の集落が見えてきます。今日は村の若者の結婚式。教会から出てきた若い2人を、村人たちの陽気なフォークダンスが迎え、祝福するヨーデルの歌声が響きます。

 

○「月の光〜水の精の踊り」

 結婚式の夜も更け、あたりは静けさを取り戻します。ファゴットとオーボエの先導により水の精が登場し、フルートとクラリネットが冒頭と同じような無窮動を繰り返しつつ楽しげに浮遊します。弦楽器群によりまた水量が徐々に増え、さきほどのモルダウ河の主題が再現されます。

 

○「聖ヨハネの急流」

 突如として傾斜が急になり、水の勢いが速くなります。岩にぶつかり、激しい水しぶきを上げる様子がリアルに描写されています。

 

○「モルダウの力強い流れ」

曲はホ短調からホ長調に転調し、モルダウ河はプラハ市内に入ります。オーケストラ全体によりこの「モルダウ河のテーマ」が賛歌として力強く歌われます。

 

○「ヴィシュフラド(高い城)の主題」

そしてプラハ市内にある歴史的な古城、ヴィシュフラド(高い城)に挨拶します。ここは前作である交響詩「ヴィシュフラド(高い城)」(「我が祖国」第1曲)のテーマが回帰する瞬間でもあり、本来ならば全曲を連続演奏した時に効果が得られるように作られています。そしてプラハ市内を抜けてなお果てしなく続く流れを見送りつつ、フェードアウトされて曲は締めくくられます。

 

 この「モルダウ」の作曲に着手した頃、スメタナは耳の病が悪化し、あのベートーヴェンと同様に聴覚を失ってしまいます。したがってこの「モルダウ」以降、スメタナ自身は自分の作品を音として聴いていません。そしてスメタナは1884年に世を去り、自らの作品で歌い上げたモルダウ河とヴィシュフラドのすぐ近くの墓地に静かに眠っています。

 

(2002.11.10)


もとい