ショスタコ−ヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 作品77

D.Shostakovich:Concerto for Violin and Orchestra No.1 in a-minor, Op.77


 作曲家が協奏曲を書くときは、特定のソリストを想定して作曲されることが珍しくありません。ショスタコーヴィチも例外ではなく、2曲あるヴァイオリン協奏曲は、両方とも作曲者と同世代の名手ダヴィッド・オイストラフ(1908-1974)へ献呈されています。
 このヴァイオリン協奏曲第1番はソヴィエト国内のコンクールに優勝したオイストラフに注目したショスタコーヴィチが、その後懇意になった際にプレゼントとして1947年に着想したものです。翌1948年にショスタコーヴィチがピアノで試演した際にオイストラフもこの協奏曲を至極気に入り、本来ならばこのまま初演しても不思議ではありませんでした。しかし…この1948年当時のソヴィエトは、まさにあの、前衛芸術を糾弾し取り締まる「ジダーノフ批判」が出た年でもあります。この新作も、協奏曲としては異例の4楽章構成、12音技法の模倣、そして奇数楽章を支配する暗く重苦しい曲調。ショスタコーヴィチは以前から当局からマークされており、意欲作であればあるほど、これらの「トガった」要素は取り締まりの格好のターゲットとなり得ました。そのため、かつて初演中止を余儀なくされた交響曲第4番同様、このヴァイオリン協奏曲も当面の間封印せざるを得ませんでした。
 そして時は流れ、1953年のスターリンの死とともに少しだけ批判が緩和されたタイミングを見計らい、1955109日にオイストラフの独奏、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルにて「満を持して」初演が行われました。そして翌1956年にこの協奏曲は作品99として出版されたものの、作曲者により一部手を加えたうえ、本来作曲された年代に合わせて番号を繰り上げられ、現在は「作品77」として定着しています。管弦楽はショスタコーヴィチによくありがちな3管編成+打楽器というパターンですが、金管はホルンとテューバのみという変則的なもので、そのためか最強奏でも比較的地味な響きがするのが特徴です。 

1楽章 ノクターン モデラート イ短調
 「ノクターン(夜想曲)」といえば、やはりショパンの夢見心地な一連のピアノ曲。しかしショスタコーヴィチのそれは、もう少しシリアスな思いを巡らしているような重く暗い雰囲気が全曲を支配しています。低弦の導入に続き、瞑想的で息の長いヴァイオリンの独奏が始まります。中間部では、12音技法(1つの旋律でオクターブ内の半音含む12の音を全て使う)にも似た前衛的な旋律も聞こえてきます。オーケストラの伴奏も決して大きな音を立てることなく、終始語り続ける独奏ヴァイオリンも華やかな超絶技巧を見せることもなく、静かに終わります。

2楽章 スケルツォ アレグロ 変ロ短調
 曲調は一変し、冒頭からショスタコーヴィチお得意のアグレッシブな主題がフルートとバスクラリネットに現れ、なぜか独奏ヴァイオリンがその合いの手に回ります。その後もソロを含む各楽器間で激しいやりとりが続き、その頂点でシロフォンを中心とした打楽器を先頭に、オーケストラが大音量で荒れ狂います。冒頭の主題が戻り、小規模なフーガを経て、最後は変ロ長調の力強い和音で終止します。

3楽章 パッサカリア アンダンテ ヘ短調
 「パッサカリア」とは、低音の旋律の繰り返しに乗って上声部が変奏を展開する古典的な作曲技法で、有名どころではブラームスの交響曲第4番終楽章が挙げられます。冒頭、パッサカリア主題がティンパニの強奏で縁取られながら、ホルンの対旋律を伴い提示されます。その後も自由な変奏曲の裏で、同じ低音の主題を独奏ヴァイオリンを含む様々な楽器が受け持ちます。オーケストラは徐々に演奏者の数が減っていってやがて独奏ヴァイオリンのみとなり、ごく自然な流れで長大なカデンツァへ繋がります。

4楽章 ブルレスケ アレグロ・コン・ブリオ イ長調
 ティンパニの一撃を合図に、木管楽器による民族舞曲風の明るくかつ粗野なロンド主題が提示され、その後も目まぐるしく調性を変えつつ、合間を縫うように独奏ヴァイオリンやオーケストラが入り乱れ、次から次へと現れる様々なエピソードで、これでもかと言わんばかりに終楽章のお祭り騒ぎを盛り立てます。コーダはテンポを加速してプレストとなり、第3楽章のパッサカリア主題も顔を出しつつ、息つく間もなく終結部へなだれ込みます。

(2018.2.25)


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