ショスタコ−ヴィチ:交響曲第6番ロ短調 作品54
D.Shostakovich:Symphony No.6 in b-minor, Op.54
プログラム後半は、交響曲第6番です。意欲作でありながら「プラウダ批判」のあおりを受け初演中止に追い込まれた第4番(1935-36年)、名誉回復のために本音をカモフラージュせざるを得なかった第5番(1937年)に続いて1939に作曲・初演されました。ショスタコーヴィチがこの第4番から第6番までを作曲した1930年代は、新進作曲家として順風満帆、私生活も充実しつつも、当局からマークされたことによりその勢いに陰りが見え始め、結果的に彼の諸作品にみられる「二重言語(タテマエの中にホンネを隠す音楽)」という概念が確立した、まさに激動の時期であったといえましょう。
この曲は緩−急−急の全3楽章で構成されています。交響曲の定石であるアレグロ(快速)系ではなくゆっくりした第1楽章を据えていること、そして聴き終わった後に何か物足りない印象を受けるため、往々にして「第1楽章を欠いている」という見方をされがちですが、逆にチャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』やマーラーの交響曲第9番のように静かな終楽章を欠いているように見えなくもありません。指揮者であり作曲家のレナード・バーンスタインはこの曲と『悲愴』との類似性を指摘し、「チャイコフスキーの6番は音楽史上初めて緩徐楽章で終わる交響曲、ショスタコーヴィチの6番は音楽史上初めて緩徐楽章で始まる交響曲」と述べています。いずれにせよこのアンバランスな構造は、何かが欠けた交響曲というよりも、単純にLargo→Allegro→Prestoと、楽章を追うごとにテンポが上がる交響曲として考えた方が理解しやすいかも知れません。また作曲者自身は当初「交響曲第6番はレーニンをテーマにした詩に基づく声楽付きの大規模な交響曲」にする旨述べていますが、最終的に出来上がったこの曲は演奏時間35分程度と短めで声楽も入っておらず(省略した?)、レーニンとの関連性については特に考えなくとも良さそうです。そして調性はロ短調→二長調(1楽章の平行調)→ロ長調(1楽章の同主調)と、古典派音楽の定石に則った関連性の深い調で繋がっており、明らかに「純音楽」としての体裁を意識したものとなっています。
第1楽章 ラルゴ ロ短調
高音楽器を排したオーケストラの濃厚なユニゾン(斉奏)により開始される、全体の半分近くを占める長大な楽章です。弦楽器による主題の提示は前作の第5番とも共通していますが、その後にテンポアップして勇壮なクライマックスを迎えることはなく、むしろこの前半部分の大音響を頂点に音量はどんどん低下し、弦楽器のトレモロに乗った木管楽器のソロやアンサンブルを中心に、瞑想的かつゆっくりと進行します。徐々に曲調は冷ややかさを帯び、2本のフルートの静かな掛け合いやバスクラリネットのモノローグを経て、やがて冒頭と同じロ短調で静かに終止します。
第2楽章 アレグロ ニ長調
春の到来を告げるような変ホ調のクラリネットソロに始まる、軽快なスケルツォ楽章です。基本的に3/8拍子でうきうきと小躍りしながら進むのですが、時折4/8拍子+5/8拍子が交錯し「おっと・・・」と踊りのステップが一瞬乱れます。金管楽器が加わり頂点を築いた後、ティンパニのソロを経てピッコロとバスクラリネットの反行カノン(上声部と下声部が逆の音型で進行する)で主部が再現しますが、その後喧噪は遠ざかる一方で、最後はフルートとクラリネットにより、ふわっと舞い上がるように消えていきます。
第3楽章 プレスト ロ長調
軽快な弦楽器で始まる第1主題は、ロッシーニ『ウィリアム・テル』のスイス軍の行進を想起させます。ちなみにショスタコーヴィチはこの曲が少年時代からのお気に入りであったようで、晩年、交響曲第15番でも同じ『ウィリアム・テル』の主題をほぼ完全な形で引用しています。突如として3/8拍子となり、やがて金管楽器や打楽器が激しく爆発します。不規則な変拍子による木管楽器のアンサンブルを経て、ヴァイオリンのソロにて冒頭の主題が戻ってきます。テンポは最後まで緩むことなく、ティンパニを伴って一気に駆け抜けて終結を迎えます。
この交響曲第6番はベートーヴェン同様に交響曲第5番と第6番を対にして、ショスタコーヴィチの「田園交響曲」であると解釈する向きがあります。また作曲者本人もこの意味深長な交響曲について、同時期に作曲された弦楽四重奏曲第1番とともに「春の喜びに満ちた抒情的な曲」であると述べています。しかしながらお聴きの通り、1楽章は喜びとは程遠い、どんより曇った空のようなモノトーンが支配しています。公式コメントとはいえ、果たしてどこまでが本音なのでしょうか…彼の交響曲に長年取り組んでいる我々にとっても、考えれば考えるほど、この純音楽を装った交響曲に隠されているメッセージがわからなくなってきました。
(2019.3.3)