ショスタコ−ヴィチ:交響曲第2番ロ長調 作品14

A.ベズィメンスキーの詩による終末合唱付きの『十月革命に捧げる』〜

D.Shostakovich:Symphony No.2 in h-major, Op.14


さて、これから演奏する曲は、ショスタコーヴィチの交響曲のなかでもとりわけ演奏する機会の少ない「第2番」です。ショスタコーヴィチは15曲の交響曲を遺しており、そのうち4曲(231314番)には声楽が加えられていますが、13番『バビ・ヤール』は独唱も合唱も男声(バス)、14番『死者の歌』は室内楽編成のオーケストラに独唱者2名。ソプラノ・アルト・テノール・バスが勢ぞろいした大編成の混声合唱を用いているのはこの第2・第3番のみで、ステージに乗る演奏者の人数という意味ではショスタコーヴィチの全交響曲中最大と言えましょう。
 この交響曲第2番は1927年に、第二次ロシア革命(十月革命)10周年を記念する作品として当局から委嘱を受けて作曲されました。当初は交響詩と名付けることも考えていたようですが、最終的には前衛的、変則的な要素を含みつつも「交響曲」として初演されました。
 この曲は単一楽章ではありますが、大きく4つの部分に分けることができ、さしずめベートーヴェンの『第九』の要素を約20分間に凝縮したような濃い内容となっています。またお聴きのとおり冒頭を含む随所で調性を逸脱して不協和音も多く、ショスタコーヴィチの諸作品の中でも特に前衛的な響きを持っています。また、混沌とした冒頭から明解なクライマックスへ導く展開は、キリストの誕生を描いたオネゲルの『クリスマス・カンタータ』(1953年)の先駆けとも解釈できます。以下、曲の流れを追いやすいように、前述の4つの部分に分けて解説します。

〔第1部〕
 ラルゴ。曲はバスドラム(大太鼓)の静かなトレモロに始まり、音の低い順にコントラバスは四分音符、チェロは八分音符、ヴィオラは八分音符の三連符、ヴァイオリンは十六分音符とその三連符…というように徐々に細分化されながら重なり、混沌とした中、弱音機を付けたラッパやテューバが聞こえてきます。

〔第2部〕
 テンポがアレグロに上がり、前年に作曲したピアノソナタ第1番(1926)で使用したモチーフを散りばめながら、徐々に木管楽器が加わって音量を増し、やがてオーケストラ全体でGes-dur(変ト長調)の和音が響きます。ここで一旦テンポは落ちますが、テューバのソロを合図に再びテンポアップし、次に繋がります。

〔第3部〕
 アレグロ・モルト。急かすような短い序奏に続き、ヴァイオリンソロ、クラリネット、ファゴットの順でカノン(輪唱)風に音が重なり、室内楽のような三重奏が始まります。とはいえ、伴奏や対旋律が主旋律に寄り添うような古典的なトリオとは程遠く、三者三様、あたかも好き勝手に吹いているかのような無秩序なアンサンブルが続きます。やがてこれが他の楽器にも波及し始め、オーケストラ内でコントラバスを除く27パート全てが調性もリズムも異なる旋律を奏し(作曲者は「ウルトラ対位法」と呼んでいたようです)、民衆の声が錯綜してカオス状態となり、前半のクライマックスを形成します。その後急激に騒ぎは沈静化し、ヴァイオリンソロによるブリッジを経て、いよいよ合唱の登場となります。

〔第4部〕
 ここで工場のサイレンが鳴り渡り(本来サイレンは音程が変動するものですが、ショスタコーヴィチはこのサイレンを楽器として扱い、Fis(嬰ヘ)音を指定しています)、男声(バス)合唱が、民衆(労働者)を味方につけて革命を成功に導いたレーニンを賛美するベズィメンスキーの詩を厳かに歌い始めます。声楽の入る管弦楽曲の場合、往々にしてオーケストラの音量が勝ってしまい歌が聴きとりにくいことが多いのですが、ショスタコーヴィチはかつてマーラーが『復活』等諸作品で施したオーケストレーションをこの曲にも応用し、合唱のある箇所は意図的に管楽器の出番を必要最小限に間引きし、合唱が歌いやすく、歌詞が聞きとりやすくするよう配慮しています。そしてかねてからベズィメンスキーの詩を「あまり歌向きではない」と考えていたショスタコーヴィチは、このテキストの最後は、音の高さを指定しない「シュプレヒコール」として力強く叫ばせました。オーケストラによる狂喜乱舞の後奏が続き、H(ロ)音のユニゾンで決然と結ばれます。

 この交響曲は十月革命をテーマとし、さらにレーニン賛美の歌詞とも相まって、初演当時こそもてはやされたものの、やがてソヴィエト国内で前衛芸術を排除する動きがあったり、西側諸国では音楽によるプロパガンダ(政治的宣伝)と捉えられたりで、あまり演奏はされませんでした。本日聴きにいらっしゃっている皆さまにおいては、ここはひとつ純音楽として、あまり社会主義だレーニンだと考えず、せいぜい工場の従業員にでもなった気分でサイレンあり、シュプレヒコールありの盛りだくさんな20分間をお楽しみいただけると幸いです。

(2019.3.3)

 


もとい