リヒャルト・シュトラウス:管楽器のためのソナチネ第2番変ホ長調『楽しい仕事場』
R.Strauss:Sonatine for Wind-Instruments No.2 in E-flat major, "Happy Workshop"
リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)は晩年、戦火を逃れてドイツ南部のオーストリア国境に近いガルミッシュ山中にある別荘に疎開し、穏やかな環境の下で、創作活動を進めていました。今回演奏する管楽器のためのソナチネ第2番『楽しい仕事場』(1945年作曲)もその時期に作曲された晩年の傑作のひとつです。この曲はフルート2、オーボエ2、クラリネット3(B管2・C管1)、バセットホルン、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4の計16本の管楽器のために書かれており、増員されたクラリネット属や金管(ホルン)を中心に他のパートが響きの輪郭を掌るスタイルは、シュトラウスが青年時代から手本にしていたモーツァルトの『グラン・パルティータ』の流れを汲んだ豊かなサウンドを醸しだしています。また対位法や転調を駆使した表現のきめの細かさなどの特徴は前作(第1番『傷病兵の仕事場より』)と同様ですが、加えてこの第2番では、かつて自身の作品を引用した『英雄の生涯』の旋律をさらにこの曲の第1楽章で引用したり、青年時代に嫌っていたワーグナーの楽劇のライトモチーフを罪滅ぼしのように潜ませたり等、シュトラウスがこれまで歩んできた人生を振り返り、懐かしんでいるような穏やかな空気が曲全体を支配しています。
第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
ベートーヴェンの『英雄』と同じ変ホ長調・3/4拍子、さらに同じ速度標記により、明るく颯爽と駆け抜けるような楽章で、加えて途中で交響詩『英雄の生涯』の引用も登場します。途中、晴れ渡る空の中に暗雲が立ち込めるような不穏なテーマが何度も登場し、そのたびに打ち消されて最終的には変ホ長調にて力強く終止するものの、この不穏なテーマの解決は終楽章まで持ち越されます。
第2楽章 アンダンティーノ、非常にゆったりと
中間の2つの楽章は、モーツァルトのセレナーデを彷彿とさせる比較的短めの曲が続きます。冒頭は4/8拍子の素朴な主題で始まり、途中でテンポがやや落ち着くと、オーボエとバセットホルンやクラリネットが穏やかな対話を展開します。やがて冒頭のテーマがフルートなどによる飾りを纏って回帰し、静かに結ばれます。
第3楽章 メヌエット:少しだけ賑やかに
伝統的な3拍子による舞曲であり、古き良き時代を彷彿とさせる2つの中間部(1度目はホルンの四重奏中心、2度目はクラリネット先導)を挟みつつも、切れ目なくつながっている主部は自由に扱われており、懐かしさの中にもロマン派特有の柔軟さが共存しています。
第4楽章 序奏(アンダンテ)〜アレグロ
序奏では第1楽章で登場したちょっと不穏なテーマが4/4拍子で再び提起され、少しずつ雲間から光が見えてテンポアップし、フルートによる跳ねまわるような快活な旋律とともに主部のアレグロへ繋がります。第1楽章同様、序奏の不穏な主題がその後も何度か登場し何度か葛藤があるものの、やがてアレグロの主題に押し流され、その勢いは衰えることなく最後まで進み、全てを肯定する変ホ長調の主和音で堂々と締めくくります。
シュトラウスはこの曲の総譜の冒頭に、「感謝に満たされた生涯の最後に、不滅のモーツァルトの霊へ」捧げる旨記しています。そしてモーツァルトへの畏敬の念を抱きつつ、初演から3年後の1949年にシュトラウスは世を去ります。ここでモーツァルトから受け継がれてきた管楽合奏の歴史はピリオドを… 否。シュトラウスが確立したクラリネットと金管楽器を中心とした管楽合奏の原型は現代も吹奏楽(ウィンドアンサンブル)の中に息づいており、今なお進化し続けているのです。
(2015.8.8)