プーランク:シンフォニエッタ

F.Poulnc: Sinfonietta, FP141(1947)


 フランス六人組の中でもジョルジュ・オーリックとともに最年少メンバであるフランシス・プーランク(18991963)。プーランクの音楽の最大の魅力は、フランス音楽特有の洒脱さに加え、新古典的な明快さや歌いやすさ、キレのよさ。その無邪気で人懐っこい旋律は、声楽や管楽器が良く似合います。
 1947年のある日、そんなプーランクのもとへ、ヴァイオリン奏者ジョセフ・カルヴェから弦楽四重奏曲の作曲依頼が来ました。もともと自分の作風と弦楽器の相性が良くないことを薄々感じていたプーランクはこの仕事を引き受けたものの、やはり筆は思うように進まなかったようです。やがて何とか形になり、カルヴェも弦楽四重奏団のメンバを自宅に呼び寄せ、プーランク立ち会いの下で試演が行われることになりました。が、書き起こした音符がヴァイオリンやチェロやヴィオラにより実際の音として響き始め、1楽章、2楽章…と曲が進むにつれ、プーランクの頭の中には後悔の念が募り始めます。

あ、ここはオーボエの方が良かったかなあ…そう、ここはホルン…ここはやっぱりクラリネットの方が綺麗だ!…


居ても立ってもいられなくなったプーランクはカルヴェの家を飛び出し、何と『弦楽四重奏曲』の楽譜を近くのドブに投
げ捨て、チェスター社からの出版の話も含めた全てをふいにしてしまったのです。
プーランクから電話でこの顛末話を聞いた「六人組」仲間のオーリックは、彼にこう言いました。

「ばかだなあ。管楽器だったらいい感じに響きそうなところが少なくとも3つはあったのにさ。これ使ってまた曲作れば?」 

確かにその通り。そう思ったプーランクは冷静になり、当初全部捨てて忘れるつもりであったこの曲のスケッチ(下書き)を温存することにしました。
 その後しばらくして、今度はイギリス国営放送局(BBC)よりオーケストラ作品の委嘱を受け、それに応えて作曲されたのが、本日演奏する『シンフォニエッタ』です。ここには満を持して用いられた幻の『弦楽四重奏曲』の主題に加え、バレエ音楽『雌鹿』や『模範的動物』を始めとして声楽曲、協奏曲、室内楽曲、ピアノ曲など過去の作品からも数多くの引用が認められ、シンフォニエッタ(小交響曲)と控えめに銘打ってはいるものの、これ1曲にプーランクの音楽の持つ多岐な魅力がエッセンスとして凝縮された、密度の高い作品となっています。

1楽章 アレグロ・コン・フォーコ ト短調

 序奏もなく、単刀直入に曲が始まります。調性も拍子も目まぐるしく変化する中、ちょっと拗ねたような細かい動きの旋律を始め次から次へと新しい主題が浮かんでは消えますが、それらはフランスの交響曲の定番である「循環主題」として、その後全曲を通して随所に登場します。ひとしきりの盛り上がりの後に冒頭の主題が回帰し、最後は音量を落として静かなト長調の和音で終止します。

2楽章 モルト・ヴィヴァーチェ へ長調

 6/8拍子を基本にしつつ時折9/8拍子も顔を出す、タランテラ風のスケルツォ楽章です。冒頭の躍動的でごきげんな主題に続き、軍隊風というよりもおもちゃの兵隊の方が似合いそうな軽快な行進曲。そして流れるような旋律に歯切れよい合いの手が絡み、とりとめなく自由に展開していきます。最後は冒頭のタランテラ主題がいくらか省略された形で再現し、コミカルな短いコーダで結ばれます。

3楽章 アンダンテ・カンタービレ 変イ長調

 管楽器と弦楽器との音の綾が印象的な緩徐楽章です。自作の合唱曲集『人間の声』第4曲の冒頭を引用した繊細な序奏に続いて、子守歌のような優しい主題がクラリネットに始まり、弦楽器に受け継がれると、その背後からは色々な楽器による対旋律が聞こえてきます。中間部はホ長調に転調し、仄かな月明かりのような穏やかな夜曲(セレナーデ)となります。再び変イ長調の冒頭の主題が戻り、名残を惜しむように終わります。

4楽章 フィナーレ プレスティッシモ、とても陽気に へ長調

 オーケストラ全員による唐突な一撃に続き、弦楽器により無邪気に走り回るような主題が提示され、展開していきます。行く先々で悪戯をしでかしては一目散に逃げ、元の主題に帰ってきたと思いきや、また次のいたずらを…ある時はかっこよく、ある時はミステリアスにおどろおどろしく、またある時は異性を口説くような甘い旋律で…と、まるで『ティル・オイレンシュピーゲル』のようにキャラクターが目まぐるしく変化する、自由奔放なロンドです。そして最後も壮大なコラールで…と思いきや、冒頭同様、意表を突くように唐突に終わります。

 『シンフォニエッタ』は19489月に完成し、翌10月にロジェ・デゾルミエール指揮BBCフィルハーモニックにて初演されるとともに、『弦楽四重奏曲』出版の話をキャンセルして気まずい関係となっていたチェスター社とも和解し、楽譜も出版されました。そしてこの曲は、以前ドブに捨てた『弦楽四重奏曲』の中から旋律を拾って「リサイクル」するよう忠告してくれた無二の友人、ジョルジュ・オーリックに献呈されています。 

(2016.1.16)
 


もとい