シベリウス:交響曲第2番ニ長調 Op.43

J.Sibelius:Sym. No.2 in D-major, Op.43 


 フィンランド国民楽派を代表する作曲家ヤン・シベリウス(18651957)。彼はボヘミア(チェコ)のスメタナやドヴォルジャーク、ノルウェーのグリーク、ロシアのR=コルサコフや「五人組」と同様、民族色を濃厚に打ち出した作風で知られており、とりわけ交響曲については、派手さを控えた幻想的、かつ個性的な曲(純器楽作品は曲)の交響曲を残しています。そして彼の代表作であるこの交響曲第2番のテーマは、当時ロシアの支配下であった祖国解放と独立に向けた民族の「苦悩」と「闘争」そして「勝利」・・・
いやいや。実は、それは誤解なんですよね。

 シベリウスは1865年12月8日にフィンランドのハメーンリンナという小さな町に生まれました。ピアノを習い始めたのは9歳、ヴァイオリンを手にしたのが15歳、入った学校がヘルシンキ大学の法学部という、音楽に関しては決して英才教育とはいえない環境の中で、やがて音楽家の道を志すようになり、ヘルシンキ音楽院を経てウィーンやベルリンへも留学し、ヴァイオリニスト及び作曲家として研鑽を積むことになります。
1899年に交響詩「スオミ(フィンランディア)」の大ヒットにより、シベリウスは作曲家としての地位が不動のものになるとともに、活動範囲が一気に広がります。例えば翌1900年はヘルシンキ・フィルの演奏旅行に同行し、パリ万国博覧会にて自作の交響曲第1番を指揮しています。また翌年は同様に中欧諸国やイタリアを回り、プラハ滞在中には国民楽派の大先輩であるドヴォルジャークに会い、イタリアでは地中海を望む景勝地ラパッロにしばらく滞在しています。さらに翌1902年、ドイツのハイデルベルクの音楽祭へ参加した際は、1歳年上のリヒャルト・シュトラウスと交流を持ち、音楽的な刺激を受けます。そして帰国後、満を持してこの交響曲第2番が一気に仕上げられ、同年3月にヘルシンキにて作曲者自身の指揮の下に初演が行われました。
つまりシベリウスはフィンランドに軸足を置いた個性的・民族的な作風ではあるものの、本人は他山の石を欠かすことなく、実はインターナショナルな活動をしていたのですね。ご多分に漏れず、彼の交響曲第1番の旋律美はチャイコフスキーやR=コルサコフ、そしてこの交響曲第2番のオルガン的な管楽器の鳴らし方はワーグナーやブルックナーの音楽と印象が少なからず似ており、当時の彼は色々な要素を実験的に自分の作品へ採り入れつつ、晩年の「孤高の境地」に至るまでのヒントを模索していたようです。

では、ここでクエスチョンです。この交響曲第番はその一連の演奏旅行中で滞在したある国の印象を基に着手したといわれています。その「ある国」とはどこでしょうか?

第1楽章 アレグレット

 寄せては返す波のような弦楽器の音型に乗り、木管楽器が無邪気な第主題を奏します。さらには鳥の鳴き声にも似た力強いトリルが印象的な第主題が交錯しつつとりとめもなく展開し、やがて情熱的なうねりとなってオーケストラ全体へと波及します。主題がやや凝縮した形で再現された後、最後は潮が引いていくようにフェードアウトし、静かに楽章を結びます。

第2楽章 アンダンテ・マ・ルバート

 これ曲で交響詩と銘打っても良いぐらい、非常にシベリウスらしい幻想的な楽章です。静かなティンパニのトレモロに続き、コントラバスとチェロによる深遠なピチカートに乗って、本のファゴットが瞑想的な主題を提示します。金管楽器による「最後の審判」のコラールに続き、途中で弦楽器にでてくるFis-dur(嬰ヘ長調)の優しく慈悲深い主題は、シベリウスがイタリア滞在中に見た、青く穏やかな地中海から着想されたと言われています。これらを含め、いくつもの主題が次々と、オーロラのようにふっと現れては彼方に消えていきます。

第3楽章 ヴィヴァーチッシモ〜レント・エ・スアーヴェ

 嵐というよりも空っ風のような、激しいスケルツォです。乾燥した主題が弦楽器の中で頻繁にやり取りされ、無窮動にも似た終わりのない旋律が延々と続きます。やがてオーケストラ全体に発展し炸裂したところで突如流れが止まり、ティンパニの弱音に導かれて、オーボエが先導する印象的な旋律でしっとりと歌い上げる中間部となります。主部が再現した時には、ホルンが第4楽章の主題を先取りし、中間部のオーボエの主題が回帰したところからブリッジとなり、切れ目なく次の楽章に繋がります。

第4楽章 フィナーレ(アレグロ・モデラート)

 霧が一気に晴れ、澄み切った青空のような開放感に溢れる楽章です。弦楽器の伸びやかな第1主題と静かでもの悲しげ、それでいて内なる力を秘めた第2主題が交互に現れ、ドラマティックに展開していきます。最後の、静かな第2主題がやがて木管楽器によるd-moll(ニ短調)のオスティナートをきっかけにじわりじわりとエネルギーを増し、ついには長調に転じ管弦楽全体が力強く鳴り響くクライマックスの部分は、まさに圧巻です。

 さて、もうおわかりですよね。
先ほどのクエスチョンに対する正解は「イタリア」でした。もしよろしければ、本日演奏するシベリウスの交響曲第番を聴きつつ、イタリア半島から望む地中海の果てしなく青い海に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?いわゆる北欧独特の寒いイメージ、あるいはフィヨルドや森や湖とは違った、別の印象が得られるかも知れませんね。
 

(2005.7.31)


もとい