プロコフィエフ:バレエ音楽「ロメオとジュリエット」Op.64より
[2005年・NTTフィル版]

S.Prokofiev:"Romeo and Juliet" Op.64〜Exerpts


 モダニズム――20世紀前半のロシアを語るに欠かせないキーワードです。共産主義や第2次産業革命がありとあらゆる芸術に影を落としていた当時は、音楽もまるで工場の機械のように規則的で騒々しいものが正に「大量生産」されていました。その中でセルゲイ・プロコフィエフ(1891〜1953)は、鋭角的なリズム感覚と容赦ない大音響等、そういったモダニズムの流れを汲みつつも、思わずハッとさせられてしまうような美しい旋律、瑞々しいリリシズムも併せ持つ傑作を数多く残しており、この特徴は舞台作品、とりわけバレエ音楽においてその本領をいかんなく発揮しています。本日演奏する「ロメオとジュリエット」は、チャイコフスキーのバレエ曲同様、上演にたっぷり一晩かけるロシアのシンフォニック・バレエの形式を踏襲した最初の作品で、バレエ団の重要なレパートリーとして、世界中にて上演されています。
 「ロメオとジュリエット」は言うまでもなくシェイクスピアの戯曲ですが、実に多くの作曲家がこのタイトルまたは題材を使って作品を書いています。例えばチャイコフスキーの同名の幻想序曲。同じくベルリオーズの劇的交響曲。グノーの歌劇。ディーリアス「村のロメオとジュリエット」。また、実はバーンスタインの「ウェスト・サイド・ストーリー」も「ロメオとジュリエット」を翻案したミュージカルです。それらの中でもプロコフィエフのそれは最も原作に近いものと言えますが、台本上は登場人物については整理され、かつロメオとジュリエットの悲劇よりも両家のいがみ合いが最重要テーマとして印象付けられるよう構成されています。

 バレエの全曲初演は紆余曲折の末1938年にチェコのブルノにて行われ、2年後の1940年にはソヴィエト国内初演がレニングラードにて成功します。そもそもバレエの公演では、踊り手側の都合で曲をカットしたり付け足したり順番を入れ替えたり・・・ということが日常茶飯事なのですが、この「ロメオとジュリエット」については特に、初演当時バレエ団側から「聞こえない!」「踊りにくい!」とかいう声が強かったのか、作曲者にとっては不本意なオーケストレーションの変更が随所に入っており、現在もバレエ上演にあたってはそうした改訂(改ざん?)が入ったままの楽譜が使われています。そこで本日使用する楽譜は、プロコフィエフがもともと意図していたオリジナルの姿に戻すことを鑑み、中間の6曲は演奏会用の「第1組曲」「第2組曲」より抜粋し、幸いにもほとんど「傷」を負っていない冒頭とエピローグの各2曲についてはバレエ全曲版を使用しています。

1 第1幕への前奏曲(No.1)
 ロメオとジュリエットの「愛」を象徴する3種類の旋律で包まれています。美しく、それでいてどこか悲劇の予感が・・・

2 ロメオ(No.2)
 舞台は中世のヴェローナ(現在のイタリア)。一見平和な朝を迎えたように見えますが、実はこの街ではモンターギュ家とキャピュレット家が互いにいがみ合っており、いつも諍いが絶えません。バレエではこの曲が終わった後、朝の踊りが転じて両家の喧嘩へとエスカレートしていきます。

3 モンターギュ家とキャピュレット家(第2組曲第1曲)
 冒頭16小節はバレエでは「大公の宣言」。争いの最中にローマ大公が現れ、騒ぎを鎮圧する場面です。本日の演奏はここから舞踏会の場面に飛び、「騎士たちの踊り」となります(組曲版を採用したため、この部分のみストーリーが前後します)。ここは、キャピュレット家の舞踏会に仮面で変装して忍び込んだロメオが見た光景。騎士たちが重いヨロイを来て威圧的に踊っており、フルートのソロで終始する中間部は、気取った紳士達の踊りです。

4 少女ジュリエット(第2組曲第2曲)
 キャピュレット家の令嬢ジュリエット。お転婆盛りの14歳、まだ舞踏会と言っても本人にとってはあまり嬉しい行事ではありません。乳母を茶化して走り回るジュリエットと、何とか彼女に舞踏会の支度をさせようと追い掛ける乳母。やっとのことでドレスを着せ、お化粧もして…そして鏡に映った瞬間、ジュリエットは少し大人になった自分の姿に思わずハッとしてしまいます。

5 メヌエット(第1組曲第4曲)
 さあ、キャピュレット家の舞踏会が始まりました。大広間に、着飾った招待客が次々と入場してきます。紳士や貴婦人達がそれぞれ趣向を凝らした踊りを繰り広げます。

6 仮面(第1組曲第5曲)
親友マーキュシオらと共に、仮面を手にキャピュレット家の舞踏会へ潜入したロメオ。ふと気付くと、こちらを見つめている一際美しい少女の姿が!お互いの視線は釘付けになり自然に引き寄せ合うのですが・・・舞踏会はそこで終わりになり、2人は再び人混みの中に紛れてしまいます。
 さて・・・帰途にはついたものの、今さっき出会ったばかりのジュリエットの印象が忘れられないロメオは一人キャピュレット家の屋敷へ引き返し、そして同様にロメオのことが気になって思わずバルコニーに出てきた彼女と鉢合わせ、そしていわゆる「バルコニー・シーン」となります(今回はこの場面は演奏しません) 。

7 タイボルトの死(第1組曲第7曲)
 第2幕は民衆のお祭り騒ぎの中で物語が進行していきます。着飾った男女が踊りに興じている一方で、ロメオとジュリエットはローレンス僧の下で密かに結婚式を挙げ、永遠の愛を誓います。そしてここでもまた、ふとしたことから両家の間でまたしても喧嘩が始まります。皮肉にもジュリエットのいとこであるタイボルトと、ロメオの親友マーキュシオの一騎打ちが始まってしまい、敗れたマーキュシオは刺されて息絶えます。親友を殺されたロメオは仇を打つべく激しく剣を交えたのち、遂にタイボルトに止めを刺します。大好きな「お兄さん」を失ったジュリエットは嘆き悲しみ、キャピュレット家の人々は復讐を誓いつつタイボルトの遺骸を運んで行きます。

8 ローレンス僧(第2組曲第3曲)
 ロメオは大公の命を受け、ヴェローナを離れます。何とかロメオと一緒になる術を案じていたジュリエットは、二人の仲立ちをしたローレンス僧のところへ相談に行きます。ローレンス僧は、一旦仮死状態になって死んだことにして、葬式が終わったところで密かにこの国を抜け出すよう提案します。 ジュリエットはそのアドバイスに従い、ロメオへその旨の手紙をしたためた後、催眠薬を口にします。翌朝、ジュリエットが目を覚まさないことに気付き、キャピュレット家は騒然となります。・・・そしてこの重要な手紙は、遂にロメオのもとへ届くことはなかったのです。

9 ジュリエットの葬式(No.51)
 以下2曲は「第4幕」あるいは「エピローグ」と呼ばれています。
 もちろんこの時点ではジュリエットは催眠薬を飲んで仮死状態になっているだけで、実際は死んでいません。何とかしてロメオと一緒になれればという苦肉の策です。ジュリエットの「葬列」は続き、墓の中に安置されます。そこに、何も事情を知らないロメオが帰って来て、ジュリエットの変わり果てた姿に呆然とします。そしてロメオはためらうことなくその場で毒薬を一気に飲み、命を絶ちます。

10 ジュリエットの死(No.52)
 ジュリエットの意識が戻ります。目の前にはロメオ。でも、死んでいます。ついに悲劇が起こってしまいました。もちろんその後を追わないことはありません。ジュリエットはロメオの短剣を自らの胸に刺し、ロメオを抱擁しつつ死んでいきます。
 両家の人々がどちらからともなく歩み寄ってきて、幕となります。

 

(2005.11.26)
 
 


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