ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18

S.S.Rachmaninoff:Piano Concerto No.2 in c-minor Op.18 


 セルゲイ・ラフマニノフ(1873〜1943)は生前、ピアニストとしても有名でした。幸いなことに、当時まだ登場したてのSPレコードにも録音が多数残されており、彼の大きな両手から打ち出されるダイナミックで力強い演奏を、時代を超えて私達も聴くことができます。そして、同時に彼のあの大きな体から到底想像がつかないような、繊細なリリシズムが伝わってくるはずです。全く同じ特徴が作曲家ラフマニノフもあてはまり、3曲の交響曲や4曲のピアノ協奏曲に代表される彼の作品は、シンコペーションを多用した強靱かつ洗練されたリズムや金管楽器を中心とした華やかなサウンドを聞かせたかと思うと、次の瞬間思わずハッとさせられるような美しい旋律が登場し、さらには両者が表裏一体となって複雑にからむ…といった、まるで多感な青春時代をそのまま音楽にしたような新鮮な魅力を備えており、今なおその瑞々しさは失われていません。
 さて、1892年にモスクワ音楽院を優秀な成績で卒業したセルゲイは、同じ年にピアノ協奏曲第1番で作曲家として颯爽とデビューします。発表した作品はどこからも好意的に受け入れられ、彼の人生も順風満帆かと思われました。
しかし、1897年に意欲作である交響曲第1番をペテルブルグにて初演したところ、一転して酷評を浴びることになるのです。演奏は上手くいかないし、マスコミ各紙からも、まるで手のひらを返したかのようにこき下ろされました。彼はショックを受け、すっかり自信を失い、それ以降作曲の筆をとる気力すら沸きませんでした。
 2年後、いよいよノイローゼ症状が限界に近付き、セルゲイは回りの人に勧められて精神科医ニコライ・ダール博士に相談します。そして地道な治療が始まりました。博士は暗示の言葉の中でセルゲイに語りかけます。
「セルゲイさん、あなたは新しいピアノ協奏曲を作曲します。それは今まであなたが書いたどの作品よりも美しく、説得力がある。そして、初演は成功し、あなたは満員の聴衆から拍手喝采を浴び、何度もステージから答礼する…」
 この暗示を受け、セルゲイは一念発起します。そして1901年に出来上がったのが、このピアノ協奏曲第2番なのです。
 

第1楽章 Moderato(中庸な速さで)

 オーケストラの沈黙の中、独奏ピアノの静かな和音で始まります。弦楽器のユニゾンで流れ出す情熱的な第1主題と、木管による憧れに満ちた第2主題が交互に登場し、独奏ピアノが超絶技巧を駆使しつつ、華麗にその間を飛び跳ね続けます。最後はハ短調の和音で、劇的に結ばれます。
 

第2楽章 Adagio sostenuto(ゆっくり、音を保って)

 この楽章は、まさにラフマニノフの真骨頂とも言えます。低弦楽器に導かれてピアノが静かに瞑想的な伴奏音型を弾き始め、さらにフルートとクラリネットの美しいソロに、独奏ピアノが応えます。このメロディを聴いて涙を流し、この曲のファンになった人も多いはずです。カデンツァののち弦楽器により冒頭の旋律が回帰し、最後はピアノだけで静かに終わります。
 

第3楽章 Allegro scherzando(快速に、諧謔的に)

 前楽章の静かな終止を引き継ぎ、弦楽器も負けじとそっと入ります。独奏ピアノは、カデンツァが終わってもなお超絶技巧が続きます。哀愁を帯びた旋律がオーボエと弦楽器に現れますが(このテーマは映画「逢い引き」の音楽にも使われています)、この楽章では旋律の美しさに加えて歯切れの良いリズムが楽章全体を支配しており、またそのリード役としてシンバルが大変効果的に使われています。そして、息をもつかせず最後のクライマックスへと向かって行くのです。

 ダール博士の治療は、セルゲイ自身の努力との相乗効果により、実を結びました。作曲者自らのピアノ独奏による「ピアノ協奏曲第2番」は文字通りの大喝采。初演は大成功で、彼は時の人として一躍脚光を浴びます。ついに彼は、名声とともに作曲家としての自信をも取り戻し、また意欲的に創作活動を再開しました。そして彼は、自分を再起へと導いてくれたダール博士に謝意を込め、いわば再スタートの記念作であるこのピアノ協奏曲を博士にプレゼントすることにしたのです。
 さて、自身喪失のもととなった交響曲第1番初演の失敗。その真相は、どうやら指揮を担当したグラズノフが自分と派閥の違うラフマニノフのことを良く思っておらず、酒を飲んで酔っ払って指揮台に立ちいいかげんな演奏をした、ということのようです。したがってもしグラズノフがもっとラフマニノフに理解を示していたら彼もこのようなノイローゼには陥らずに済んだのですが…その代わり、この素敵なメロディも生まれていなかったんですよね。
 
 

(2000.11.12)


もとい