プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調Op.100
S.Prokofiev:Symphony No.5 in B-flat major,Op.100
みなさん、20世紀前半のロシアといえば、何を連想しますか?
例えば帝政ロシアの崩壊とソヴィエト共産主義政権の成立。工業化が一気に進んだ、第二次産業革命。芸術でいえばモダニズム。あたかも世の中の全てが鋼鉄と化したかのように、自然の温かみよりも人工的な冷たさが歓迎された時代でした。
そのためか当時の音楽も、規則的な伴奏に無機的な旋律、あるいは轟音に近い大音響といった、お世辞にも美しいとは言えないようなものが少なくありません。プロコフィエフについても、往々にしてそのような印象を持たれることがありますが…そのモダニズムの流れを汲みつつも、その中に叙情的で美しい旋律がふんだんに盛り込まれ、有機的につながって共存している。これが彼の音楽の特徴です。
ウクライナ生まれの作曲家セルゲイ・セルゲーヴィチ・プロコフィエフ(1891〜1953)は、両親の英才教育の下、5歳で最初のピアノ曲、9歳でオペラを作曲し、音楽院時代は自作の曲を携えて試験に臨む等、まさに早熟の天才でした。
そして彼は1917年のロシア革命直後に祖国を離れ、ウラジオストクから日本を経てアメリカへ渡ります(蛇足ですが日本では、アメリカの入国査証が下りるまでの2ヶ月間、箱根や京都を観光したとのことです)。渡米後さらにパリへ移り、自由な空気の下、交響曲第2番〜第4番、あるいはバレエ「鋼鉄の歩み」、オペラ「炎の天使」など一連の初期の力作を次々に発表します。やがてその活躍ぶりに瞠目したソヴィエト政府からの帰国要請が何度もあり、数年後にその要請を受けて革命後のソヴィエトへ帰る決意をします。以降、彼は祖国を離れることはありませんでした。
本日演奏する交響曲第5番は、彼がソヴィエトへ戻ってから初めて書いた純音楽の大作です。第二次世界大戦の戦火を避けて地方に疎開していた頃に着想され、1944年にイワノヴォという小さな町で、作曲仲間のカバレフスキーやショスタコーヴィチなどとも交流しつつ、一気に書き上げられました。そして出来た曲には前述のモダニズム的な特徴はそのままに、美しい旋律や古典的な形式を踏襲した曲構成といった「わかりやすさ」が加わり、やがて彼の後期の作風へとつながります。初演は1945年1月13日モスクワにて、外で戦勝の祝砲が鳴る中、作曲者自身の指揮で行われました。そしてこれは、プロコフィエフの全作品中で最も成功したものとなったばかりか、20世紀前半を代表する交響曲の一つとして、現在でも世界各地で演奏されています。
オーケストラはやや拡大された3管編成で、決して大きくはないのですが、その中でも特にピアノと多彩な打楽器が効果的に用いられており、音楽の輪郭をはっきりさせると共に、随所でスパイスを効かせています。
第1楽章 アンダンテ
フルートとファゴットのアンサンブルで奏でる第一主題で、静かに滑り出すように開始されます。後にフルートとオーボエに第二主題が登場しますが、どちらも旋律の途中で頻繁に転調し、あたかもあちこちへ目移りするように、つれづれなるままに曲が展開していきます。後半では金管楽器が主導権を握り、重戦車のような存在感を持って鳴り響きます。
第2楽章 アレグロ・マルカート
終始規則的なリズムがオーケストラのどこかで鳴り続け、まるで工場のベルトコンベアに急き立てられながら作業をしているような、慌しいスケルツォ楽章です。冒頭に出てくるクラリネットによる不安定な音列のソロも、モダニズムへの賛歌というよりも当時の工業社会に対するアイロニー(皮肉)にも聴こえてきます。中間部はテンポが落ちつきますが、それもほんの一瞬だけでまた元に戻ります。主部が戻るまでのブリッジはゆっくり始まってやがて加速し頂点に達したところで、電気のヒューズが飛んだかのように、急に曲が止まります。
第3楽章 アダージョ
弦楽器とテューバの弱奏に続き、不安定で憂いを帯びた旋律が木管楽器群に現われます。やがてその主題は咽ぶような弦楽器群に引き継がれ、オーケストラ全体に波及します。途中からは葬送行進曲風になり、厳かに力強く盛り上がった後に徐々に浄化されていき、静かな和音で結ばれます。
第4楽章 アレグロ・ジョコーソ
序奏を伴う、ロンド風のフィナーレです。一筋の光明のようなホルンに導かれ、第1楽章と同じような穏やかな木管アンサンブルで始まりますが、その旋律は折れ線グラフのように上がったり下がったりで、相変わらず落ち着きません。ヴィオラの合図でテンポが上がると、クラリネットが明るく快活な第1主題を奏でます。中間部で出てくるフルートソロの旋律の節回しは、何となく日本的です(恐らく全然関係ないのでしょうが)。クラリネットの主題が再現し、最後はウッドブロックや太鼓などの打楽器群が賑やかに鳴り響く中、突如として曲が終わります。
(2007.11.10)