サン=サーンス:交響曲第3番ハ短調Op.78「オルガン付き」

Saint=Saens:Symphony No.3 in c-minor Op.78 "Avec Orgue"


本日のプログラムはフランス前期ロマン派の2人の作曲家、エクトル・ベルリオーズとカミーユ・サン=サーンスによる交響曲の2本立てです。最初に演奏するのはサン=サーンスの交響曲第3番『オルガン付き』――じつはサン=サーンスといえばチェロ独奏が美しい『白鳥』を含む『動物の謝肉祭』が最も知られていますが、実は(番号なしも加えて)5曲の交響曲も遺しています。
 カミーユ・サン=サーンス(18351921)は、あのモーツァルトと同様に、2歳でピアノを弾き始め3歳で作曲し、11歳でリサイタルを開き、13歳でパリ音楽院に入学してしまったという、いわゆる「神童」でした。そしてモーツァルトは35歳で惜しくも夭折してしまいまいしたが、彼は1921年に86歳で亡くなるまでの長きにわたり精力的に作曲活動を続けました。そして、オペラ・協奏曲・室内楽等各ジャンルに渡る膨大な作品を残しています。

当時のフランスの作曲家は、交響曲を主軸として作曲の幅を広げるドイツ・オーストリア系の作曲家と違い、交響曲はあくまでも若い頃に習作として勉強のために書くものであり、特に意欲的に取り組むジャンルではありませんでした。したがってグノーもビゼーも交響曲は作曲しているものの、いずれも若い頃の作品で、かつ小規模なもので、当時のフランスの交響曲には、ベルリオーズの『幻想交響曲』以外にこれといった大作は見当たりません。サン=サーンスについても同様で、24歳の時に作曲した交響曲第2(1859)以来27年間交響曲のジャンルを離れ、専らピアノやヴァイオリンの協奏曲あるいは歌劇『サムソンとデリラ』などの舞台音楽、宗教曲、室内楽などの作品を創り続けます。そんな彼が51歳の時、ロンドンのフィルハーモニー協会から新作の依頼を受け、1886年に完成したのがこの『オルガン付き』でした。実はこれ以降交響曲は作曲しておらず、円熟期のサン=サーンスが本腰を入れて手掛けた交響曲は、この曲が実質上最初で最後なのです。
 この曲の最大の特徴は言うまでもなく、オーケストラにパイプオルガンをフィーチュアしている点です。とはいえ、『オルガン付き』と銘打ってはいるものの、過去にオルガンを使用した交響曲は存在します(メンデルスゾーンの交響曲第2番『讃歌』(1840)、リストの『ファウスト交響曲(1857)』など)。しかしいずれも声楽を含んでおり、オルガンはいわば音量補強要員に徹しています。サン=サーンスはこのオルガンを前面に出し、輝かしいソロはもちろん、激しく動くオーケストラと対等に渡り合ったり、オケの裏で美しいハーモニーを響かせたり等、この特殊な楽器を大活躍させています。というのも、彼は元パリのマドレーヌ寺院のオルガン奏者で、オルガンの隅から隅まで効果的に鳴らす術を全て知り尽くしていたのです。
 もう一つの特徴は、全曲を通して常に同じ旋律が用いられており、後半に演奏するベルリオーズの『幻想交響曲』に登場する「固定楽想(=彼女のテーマ)」同様、曲のあちこちで形を変えて何度も登場することです。この手法(循環主題)は一見単調でつまらなさそうですが、お聴きになっておわかりのように、実は寧ろ曲全体の統一感を醸し出すことに成功しています。そして理論的にかっちり組み立てられた形式の中に、メリハリを利かせたリズムと、感性の赴くまま自由奔放に発展する旋律が共存しており、さらに4手連弾のピアノを効果的に使用したり、音色の合成を試みたり等、現代のシンセサイザーに通じるようなオーケストレーションも加わって、聴く者を飽きさせない魅力を備えています。
 初演は1886519日に、サン=サーンス自身の指揮でロンドンにて演奏され、そしてこの楽譜の出版準備をしている矢先の同年7月、親交のあったフランツ・リストの訃報に接しました。そのため、この曲の楽譜の表紙には彼自身により「フランツ・リストの想い出のために」という言葉が加えられています。


第1楽章
 
(第1部)アダージョ〜アレグロ・モデラート

 静かで神秘的な序奏部に続き、ちょっと不安気な第1主題が弦楽器から木管楽器へと波及します。この半音階を中心としたおどろおどろしい「影」のような音列(-------#ファ-ファ--)が、この交響曲全曲を通して出てくるテーマです。金管楽器も加わって前半のクライマックスの後、やがて潮が引くようにだんだんと静かになり、2本のホルンがオルガンを真似て低い音を伸ばしますが、すぐ止めてしまいます。そして「真打ち」、本物のオルガンが登場します。

(第2部)ポコ・アダージョ

後半部は全曲を通して最も美しい部分で、オルガンの静かな和音に続いて弦楽器が祈るような旋律を奏します。クラリネットとホルン、そしてトロンボーンがその旋律を受け継ぎ、3種類の楽器の音が融合した神秘的なトーンに変化します。続く変奏は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンによる、静かな水面が少しだけ波だったような掛け合いです。途中で第1楽章にて提示されたおどろおどろしい影が忍び寄ってきますが、オルガンの優しい和音に諭され、やがて先ほどの弦楽器の甘美な旋律の中に徐々に浄化していくのです。

第2楽章

(第1部)    アレグロ・モデラート〜プレスト

前半は、いわゆるスケルツォに相当します。情熱的な主部では、弦楽器群と管楽器群が激しい対話を繰り広げます。ここにも、第1楽章で出てきた「影」が見え隠れします。中間部は急にテンポが上がり、木管とピアノがめまぐるしく活躍します。スケルツォが再現し、As-dur(変イ長調)に転調して2度目の中間部に入ると、フィナーレへつながる新たなテーマ(ソ------ミ…)が低音楽器群に登場します。巧妙な盛り上がりののち再び静けさを取り戻し、弦楽器の澄みきった旋律の綾と、そこから導かれたオーボエのソロが、後半のフィナーレへ続くブリッジ(橋渡し)となります。

(第2部) マエストーソ〜アレグロ
そして、オルガンがC-dur(ハ長調)の和音を最大音量で鳴らし、先立って登場した低音の旋律が応答してフィナーレとなります。そのやりとりの直後の8小節間、弦楽器とオルガン、そして4手連弾のピアノで演奏される部分は、まるでシンセサイザーのような幻想的かつ前衛的な響きがします。それまでの「影」のようなテーマは長調に変わり、第2ヴァイオリンとチェロに始まるフーガや金管楽器によるファンファーレとして、高らかに響き渡ります。最後はオルガンとオーケストラが一体となり、壮麗な音の大伽藍の中で全曲が締めくくられます。

 ロンドンにおける初演は、空前の大成功を収めました。そしてこの曲をきっかけに、ダンディ、ショーソン、デュカス等が素晴らしい交響曲を相次いで発表し、以後オネゲル、ルーセル、メシアン、デュティーユなどがそれに続きます。この『オルガン付き』で、フランス音楽においても「交響曲」は作曲者を語るに欠かせない、重要なジャンルへ昇格したのです。
 

(2000.2.6 − 2011.12.11改訂)


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