ショスタコーヴィチ:交響詩『十月』作品131
D.Shostakovich:Symphonic Poem "October", Op.131
ドミトリ・ショスタコーヴィチ(1906〜1975)は15曲の交響曲を筆頭にオペラ・バレエ・映画音楽・室内楽・ピアノ曲、声楽曲など、幅広いジャンルの楽曲を遺しています。しかしながら彼の手による単発の管弦楽曲は意外に少なく、なかんずく交響詩はこの『十月』ただ1曲のみです。
このショスタコーヴィチ唯一の交響詩は、1967年のロシア革命50周年を記念して作曲されました。ソヴィエト政府からは社会主義を賛美した祝典音楽を期待されていることは察していたものの、当時すでに61歳のショスタコーヴィチは、若いころのように「二重言語」を駆使して建前の中で本音を主張するような気にはなれず、以前ほど当局の取り締まりは厳しくなくなったものの(いわゆる「雪解け」)、やはり政府の思惑と自分の意思が噛み合わないままでは新作の筆はなかなか進まず、悶々としていました。
そんな中、彼が過去に音楽を担当し、第二次世界大戦の影響で久しく封印されていた映画『ヴォロチャーエフ要塞の日々』(旧日本軍のシベリア出兵を題材にした映画)がようやく公開の運びとなり、映画製作所を訪れます。そこで久しぶりにこの映画に接したショスタコーヴィチの脳裏に、あるアイディアが閃きました。「これだ!」
彼はすぐさま懸案中の新作に取り掛かり、そしてこの映画の中で何度か登場する「パルチザン(=農民や労働者で構成された兵士)の歌」の旋律を核とした交響詩として『十月』が完成します。オーケストラは通常の3管編成ですが、打楽器はティンパニと小太鼓とシンバルのみ、ハープやチェレスタなどの特殊楽器は一切使わないという、ショスタコーヴィチにしては控えめな規模の編成となっています。初演は1967年9月に息子で指揮者のマキシム・ショスタコーヴィチ指揮ソヴィエト国立交響楽団にて行われました。
曲はモデラート(中庸の速さ)3/4拍子、弦楽器全員のユニゾン(斉奏)によりゆったりと第1主題が開始され、テンポがアレグロ(快速に)に上がってもやはりレントラー舞曲風の堅実な3拍子のままで、なかなか行進曲にはなりきれずにもどかしく進行します。ようやく4拍子になり、あちこちで砲撃の音がとどろき始めます、戦闘は一旦静まり、やがてクラリネットに先導された木管楽器による第2主題(『ヴォロチャーエフ要塞の日々』に登場する「パルチザンの歌」の旋律を転用)が、それまで秘密裏に計画されていた革命の全容を、少しずつ語り始めます。冒頭の弦楽器の第1主題が弱奏で再現し、第2主題もオーケストレーションを変えて再登場します。以降はこの革命の第2主題(パルチザンの歌)が徐々にオーケストラ全体に波及し力強く鳴り渡り、勝利の熱狂の中、曲は最後まで澱むことなく、猛スピードで駆け抜けます。
ちなみに前述のとおり、この「パルチザンの歌」の引用元である映画『ヴォロチャーエフ要塞の日々』は1917年のロシア革命ではなく翌1918年の旧日本軍シベリア出兵、つまりロシア革命で誕生したソヴィエトに対する連合軍の干渉戦争を題材にしています。そしてこの映画を知っている人が交響詩『十月』を聴くと、ロシア革命50周年を祝う曲なのに、革命後のソヴィエトが受けたバッシングのエピソードが入っていることに少なからず違和感を覚えずにはいられません。無論この件についてショスタコーヴィチ自身は一切コメントしていませんが、どうやら交響詩『十月』にはこのような「隠し味」が秘められているようです。やはりショスタコーヴィチの真骨頂である二重言語の手法は、晩年も健在であったのですね。
(2015.2.8)