マーラー:交響曲第7番ホ短調「夜の歌」
G.Mahler:Symphony No.7 in e-minor "Nachtmusik"
第1楽章:Langsam(ゆっくり)〜Allegro risoluto,ma non troppo
さざ波のような静かな伴奏に乗り、テナー・ホルンが朴訥とした旋律を奏で始めます(この楽器、通常はオーケストラで使用することは殆どありません)。木管楽器群の先導で少しずつ加速がつき、主部ではホルンが第1主題を提示します。新しいメロディーが登場する度にテンポはめまぐるしく動き、さながら往年のSF映画よろしく宇宙船が急上昇、急旋回しているような感じです。と思いきや、展開部の途中で突然無重力空間に放り出されたような静寂が訪れます(もちろんこの曲は絶対音楽であり、1905年当時のマーラーがこんな描写を想定したはずはないのですが)。再びテナー・ホルンが2本のトロンボーンと交互に対話を始め、行進曲風のコーダののち、この「宇宙旅行」は突如として終わりを告げます。
第2楽章:夜の歌(Nachatmusik 1)、Allgro moderato
前の楽章とはうって変わってテンポも安定し、夜も更けた深い森の中を歩いているような、ゆっくりとした行進曲が繰り広げられます。遠近感を出すために、各パートにはわざとフォルテとピアノを混在させてオーケストレーションし、同時進行させています。冒頭はホルン同士の掛け合いから徐々に管楽器が重なり、聴き手を森の中へ誘います。またコーダではベートーヴェンの「田園」交響曲よろしく、クラリネット群の先導で鳥の声の模倣が聞こえてきます。
第3楽章:スケルツォ、Schattenhaft(影のように)
標記上はスケルツォですが、言うなればちょっとパロディがかったワルツです(後年ラヴェル「ラ・ヴァルス」やラフマニノフ「シンフォニック・ダンス」にて同様の変形を行っています)。弦楽器を中心に絶えず聞こえてくる無窮動的な3連符に乗って木管楽器が「お化け」のような主題を奏で、続いて即興的なテンポの伸縮やほとんど奇音とか悲鳴といった表現の方がふさわしいような音が、オーケストラのあちこちから聞こえてきます。トリオは長調に転じて木管楽器とソロ・ヴァイオリンが一筋の光のような少しだけ明るい旋律を奏で、流れが一瞬止まります。
第4楽章:夜の歌(Nachatmusik 2)、Andante amoroso
この楽章は全曲の中でも比較的聴きやすいと思います。夜もすっかり更け、1軒だけ灯りのついた部屋の中でしみじみと思い出話を語っているような曲で、ここだけギターやマンドリンが登場し、アットホームな雰囲気に色を添えます。そして、やがて言葉が途切れがちになり、いつしか眠ってしまったようで…。
第5楽章:ロンド・フィナーレ、Allegro ordinario
冒頭いきなりティンパニの力強いソロに続いて金管楽器のファンファーレが鳴り、突如として朝の眩しい光が差し込みます。賛歌的なお祭り騒ぎの喧騒は、さしずめワーグナーの「マイスタージンガー」終幕と共通しているかも知れません。マーラーの作品にどれも共通しているような人間的などろどろした葛藤はこの楽章には一切現れず、もはや理想郷で浮世のしがらみから解放され、幸福感に浸っているような楽章です。
とすると、この全5楽章・演奏時間約80分の大曲に共通するテーマは「夜」そのものというよりも、夜に見た「幻想」もしくは「夢」なのではないか?と筆者は思うのです。
ちなみに初演の前年である1907年のマーラーは、長女をジフテリアで亡くし、自身も心臓病の宣告を受け、さらにはウィーンの地位を追われてしまう等、運命が一気に暗転した時期でもありました。そして傷心のマーラーはひょっとしたら初演の指揮をしながら作曲当時の幸福な日々やありし日の娘の姿をふと思い出し、涙を浮かべていたのかも知れませんね…。
(1998.9.23/10.11)