マーラー：交響曲第1番

マーラー：交響曲第２番ハ短調「復活」

G.Mahler：Symphony No.2 in c-minor　"Resurrection"

この曲は音楽による「元気の出る薬」です。気分が沈んでいる時、精神的に疲れ切っている時･･･誰だってありますよね。そして不思議なことに、この曲を聴いたら気持ちが前向きになったとか元気が出てきたという話をよく聞きます。まあ万人に効く薬とは言い切れないので、さしずめ栄養ドリンクのような存在なのでしょうか。
　オーストリアの作曲家グスタフ・マーラー（1860～1911）。生前はウィーン国立歌劇場の音楽監督を務める等、指揮者として有名でした。しかしながら気持ちは常に「作曲家」であった彼は激務の傍ら作曲に没頭し、11曲の交響曲や数多くの声楽曲などの傑作を遺しています。とりわけ交響曲はその長大な演奏時間、特殊奏法（管楽器のベルアップ等）や特殊楽器（むち、ハンマー、鐘、カウベル等）を駆使した大編成のオーケストラ、バンダ（ステージ外で演奏する「別働隊」）の配置、そして何よりもそれらの交響曲の半数近くが独唱や合唱などの声楽付き作品であることが大きな特徴となっています。そして彼の代表作のひとつであるこの交響曲第2番『復活』も、舞台裏を含む大編成のオーケストラに、後半楽章は2人の独唱者と混声合唱が加わります。
　この曲は全5楽章構成ですが、各楽章は特に統一したコンセプトの下に作曲されたわけではなく、紆余曲折を経て、それぞれが個別に成立しています。まず第1楽章は1888年に作曲され、「交響詩『葬送』」という単独の管弦楽曲として出版が試みられました。当時のマーラーはライプツィヒ、ハンブルク、ブダペストなどの歌劇場を歴任し、指揮者として着々と活動の地盤を築いていたのですが、作曲家としては今ひとつでした。カンタータ『嘆きの歌』は作曲コンクールに落選するし、交響詩『巨人』も不評だし・・・正直、彼の斬新で起伏の激しい音楽は、当時の世の中にはなかなか受け容れてもらえなかったのです。
　そんな中で1891年、マーラーは再びハンブルクの市立歌劇場に首席楽長として迎えられ、ワーグナーの楽劇『ジークフリート』を指揮しました。そして、その公演に居合わせた指揮者の先輩格であるハンス・フォン・ビューローは演奏を聴いて感嘆し、マーラーの才能と手腕を絶賛しました。かねてから尊敬していたビューローにすっかり気に入られたことで喜んだマーラーは、この人ならわかってくれるだろうと、ある日「私が作った曲です」と、現在の第1楽章をビューローにピアノで弾いて聴かせました。しかしビューローはその複雑な曲想や急激な展開に困惑し、演奏の途中で耳を塞ぎこう言いました。

　「わからない！こんな曲に比べたら、ワーグナーの『トリスタン』なんてハイドンの交響曲のようなものだ。これが音楽ならば、　　私には音楽は理解できない！」

　ビューローから「作曲家」としては認められなかったマーラーは、非常に落胆しました。そしてこの曲を出版しようと交渉を重ねていたショット社からも楽譜が送り返されてきてしまい、しばしこの交響曲の構想は「お蔵入り」となったのです。
　それから時は流れて1893年夏、マーラーはザルツブルグ近郊のアッター湖畔にある別荘にこもり、中間の間奏曲的な3曲――レントラー風の第2楽章、歌曲集『子供の不思議な角笛』の１曲「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」と同じ主題による第3楽章、そして同じ歌曲集の1曲として『原光』を作曲しました。しかし…さて、この先どうしようか？ベートーヴェンの『第9』のように合唱を入れるにしても良い歌詞は見当たらないし、さりとて純器楽でドラマティックに仕上げたら、また『巨人』の二の舞になりかねないし…。マーラーは、この交響曲の終楽章をどうするか模索した挙句に煮詰まってしまい、久しく作曲の筆が止まっていました。
　そして1894年3月、かつてこの曲を酷評したビューローが亡くなり、彼の葬式にマーラーも参列しました。そこでは、オルガンと合唱によりクロプシュトックの詩による『復活』が歌われました。

　よみがえる、そう、汝はよみがえるのだ。私の塵よ、短い休息の後に･･･

「これだ！」マーラーは葬儀が終わって帰宅するや否や、終楽章の構想を練り始めました。そして第4楽章として歌曲集『子供の不思議な角笛』の第7曲『原光』をそっくりそのまま挿入し、さらにクロプシュトックの詩にマーラーが加筆したテキストを基にした長大な第5楽章が書き下ろされました。そして翌1895年12月13日にマーラー指揮ベルリン・フィルハーモニーにてついに全曲が初演され、大成功を収めました。

第１楽章　アレグロ・マエストーソ、あくまでも厳粛かつ荘重な表現で

　弦楽器の衝撃的なG（ソ）音のトレモロと、低弦楽器の長く不気味なユニゾンに続き、木管楽器が冷ややかに表情付けされた第1主題を奏します。弦楽器の上昇音型による過去を回想するような長調の第2主題を挟みつつも、やはり短調からは脱却することができず、もどかしく進行していきます、そして最後も静かにハ長調で終わるかと思いきや最後で急にハ短調へ暗転し、一気に崩れ落ちるように終わります。この後、少なくとも5分の間を空けるように記してありますが、本日のマエストロは休憩を入れずに次の楽章へ進みます。

第２楽章　アンダンテ・モデラート、非常にのんびりと

　シューベルトの流れを汲む穏やかなレントラー舞曲風の緩徐楽章です。前の楽章の緊迫感とは打って変わって、古き良き時代を髣髴とさせる平易で美しい旋律が、弦楽器を中心に展開されます。中間部はややテンポが上がり、管楽器も加わって短調とも長調ともつかないような不穏でおどろおどろしい雰囲気も立ち込めますが、やがて元通りの平和な旋律が回帰し、静かに終わります。

第３楽章　静かに、流れるような動きで

　前の楽章の穏やかな終止を唐突なティンパニの強打が打ち破り、一気に現実に引き戻されます。歌曲集『子供の不思議な角笛』の１曲『魚に説教するパドヴァの聖アントニウス』（魚に向かって説教する歌詞で、日本のことわざで言えばさしづめ「馬の耳に念仏」？）と同じ主題を使い、この歌曲とほぼ同時に誕生した、シンフォニックなスケルツォ楽章です。再び第1楽章の緊迫感が戻り、不気味な無窮動の旋律が弦楽器や木管楽器にて延々と続きます。途中2回、勝利を予感させる金管楽器のファンファーレが鳴りますが、2度目のそれの頂点で終楽章を先取りした「爆発」が起こり、急激に力が抜けたように終わると、すぐ次の楽章に続きます。

第４楽章　「原光」きわめて荘厳に、しかし素朴に

　原光（Urlicht）とは、神によって与えられた、最初の光のことである。ついにマーラーの交響曲で初めて声楽が導入されます。アルト独唱に続き、舞台裏から厳かに金管楽器のコラールが聞こえます。そして神の光明と素朴な信仰告白が歌われ、曲が終わるや否や、間髪を入れずに終楽章に突入します。

第５楽章　スケルツォのテンポで、荒々しく突進するように

　ドラマティックな展開を持つ、長大な終楽章です。大きく分けて3部構成になっており、当初は「荒野の呼ぶ者」「偉大なる呼び声」等のタイトルがつけられていたが、現在では削除されています。
　冒頭（第1部）は宇宙の震撼にも似た大爆発を経て、ホルンがフィナーレの主題を静かに（！）提示します。舞台裏からアルペンホルンの呼び声がこだまし、やがて浄化された厳かな場面になります。最後の審判の場面では、木管楽器がグレゴリオ聖歌の『怒りの日』に基づく旋律を奏し、イングリッシュホルンを中心とした管楽器群の不安げなソロを経て、やがて金管楽器の熱いコラールとなり、オーケストラ全体が神々しく鳴り響きます。続く第2部は打楽器群の最弱奏→最強奏への長いクレッシェンドで始まり、先ほどの『怒りの日』の主題は長調へ転じて、力強い行進が続きます。途中、先ほどの不安気な旋律が今度はトロンボーンソロに始まり、舞台裏から聞こえてくる軍楽隊のオマージュと同時進行します。そしてテンポアップの後、第3部で冒頭の大爆発が再現されます。前半に登場した舞台裏のアルペンホルンに続き、ステージ上の夜鶯のさえずり、遠くから響くトランペットとの絶妙な掛け合いの場面は、全曲の中でも聴きどころのひとつです。
　静寂の中からア・カペラ（無伴奏）の合唱とソプラノ独唱が、最弱奏でクロプシュトックの『復活』の詩を歌い始めます。オーケストラがそれを優しく受け止め、静かに前半の主題を浄化した形で再現します。イングリッシュホルンとアルト独唱による「O glaube（おお、信ぜよ）」以降は、いよいよマーラー自身の詩による本音が語られます。しばらくすると、合唱が時には弱く、時には強く、このような歌詞を語りかけてきます。

生まれて来たものは、消え去らなければならない。
消え去ったものは、よみがえらねばならない。
恐れおののくことはない！
生きるための用意をせよ！

　やがて音量も次第に増大し、そして最初に歌われた歌詞がオルガンと共に高らかに再現し、変ホ長調の壮大かつ荘厳な響きの中で全曲が締めくくられます。

　マーラーは前述のように『嘆きの歌』のコンクール落選、『巨人』の初演失敗、『葬礼』の出版拒否、あと数々の失恋？などの様々な苦難を受けましたが、しかし、この交響曲で力強く跳ね返しました。ちなみに『復活』というサブタイトルはキリストの復活を題材にしたクロプシュトックの詩に由来していますが、この演奏時間80分の大曲で「復活」を遂げるのはキリストではなく、他でもない「自分自身」なのです。
　「やがて、私の時代が来る…」マーラーは生涯を通じ、こう確信し続けました。そして彼が亡くなって数十年後、繊細で親しみやすい旋律と大オーケストラの迫力が共存した魅力が大衆に受け容れられ、空前の「マーラー・ブーム」が到来したのです。

（２００７．１．２１）

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