モーツァルト:セレナード第10番変ロ長調K.361「グラン・パルティータ」
W.A.Mozart:Serenade No.10 in B-flat major K361"Gran Partita"
18世紀当時、作曲家は皆王侯貴族に仕え、宮殿での食事のBGM、あるいは野外パーティでの演奏など、いわばご主人の娯楽用の曲を書いては演奏し、お金をもらっていました。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜1791)も例外ではなく、かつてはザルツブルグ大司教の宮廷に仕えていた「サラリーマン」でした。そして大司教から頻繁に来る気まぐれな作曲依頼に辟易しつつも、その合間でオペラ等の大作の筆を進めていました。ところが翌1781年、そのオペラ(『イドメネオ』)初演のためにもらった休暇をめぐって大司教と大げんかの末、ついに堪忍袋の尾が切れたモーツァルトは「脱サラ」を決意します。晴れて自由の身となった彼は、音楽の都ウィーンに引っ越して根を下ろし、自分の創りたい音楽を生涯追求し続けるのです。
このセレナード第10番は、そんなモーツァルトのまさに「激動の時期」に作曲されました。もともと野外演奏やBGMの注文用に書き溜めてあったのか、一部楽章には原曲と思われるごく普通の木管八重奏(オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2)のバージョンも存在します。しかしながらモーツァルトはこれでは満足せず、当時最新鋭の楽器であったバセットホルン2本とコントラファゴット(コントラバス)の追加、そしてホルンも4本に増強し、全7楽章、演奏時間55分の、演奏会のプログラムとしても十分通用するクオリティを持つセレナードが完成しました。
第1楽章 ラルゴ〜モルト・アレグロ
全員による序奏から、時折クラリネットがソリスティックに浮き立ちます。主部はテンポを上げ、晩年の交響曲やオペラの序曲を予感させる快活なテーマが楽器を変えながら伸び伸びと展開していきます。
第2楽章 メヌエット
2つのトリオ(中間部)を伴う舞曲。第1トリオはクラリネットとバセットホルンによる四重奏、第2トリオはg-moll(ト短調)に転じ、オーボエとバセットホルンによる掛け合いが展開します。
第3楽章 アダージョ
この楽章は映画『アマデウス』に登場したことで一層有名になりました。森の奥深くへ誘うようなホルンと低音楽器に続き、こんこんと流れるシンコペーションの伴奏に乗って、優美な主題がオーボエ、クラリネット、バセットホルンに受け継がれます。
第4楽章 メヌエット(アレグレット)
第2楽章と同様、2つのトリオを伴うメヌエットですが、ややテンポが上がり、軽快に進行します。メランコリックなb-moll(変ロ短調)の第1トリオに対し、第2トリオではオーボエとバセットホルンとファゴットがF-dur(ヘ長調)の流れるような旋律を奏でます。
第5楽章 ロマンツェ(アダージョ〜アレグレット)
クラリネットに始まる、しっとりした3拍子の緩徐楽章です。中間部は2拍子でテンポがやや上がり、ファゴットのリズムに乗ってバセットホルンの二重奏が展開し、また冒頭のアダージョ3拍子が回帰し、名残を惜しみつつ終わります。
第6楽章 主題と変奏
この楽章は旧作「フルート四重奏曲第3番(K.Anh.171(285b))」の第2楽章を転用したものです。クラリネットによる主題に続き、オーボエ主導による3連符系の第1変奏、バセットホルンとファゴットに時折ホルンが合いの手を入れる第2変奏、途中で2本のクラリネットがデュオを奏でる第3変奏、短調に転じる第4変奏、クラリネット群の伴奏を伴うオーボエソロの緩徐な第5変奏となり、最後はコントラバスのピツィカートが印象的な3拍子の第6変奏で華やかに締めくくられます。
第7楽章 フィナーレ:ロンド(アレグロ・モルト)
終曲にふさわしい、賑やかで快活なロンドです。跳ね回るようなテーマに続いて、2つの中間部ではすべての楽器が縦横に活躍し、最後までそのスピード感を失うことなく最後まで走り抜けます。
もともと「セレナード(小夜曲)」は夏の夜に野外で演奏するために作曲されたジャンルで、今回のプログラムもあながち季節外れではなさそうです。ぜひとも古き良き時代のウィーンへ思いを馳せ、松明(たいまつ)ともる庭園を抜ける心地良い夜風をイメージしながらお聴きいただければ幸いです。
(2013.8.3)