ブラームス:交響曲第2番ニ長調Op.73

J.Brahms:Symphony No.2 in D-major Op.73 


 「素敵ね。この曲はきっと『第1番』より有名になるわ」
 1877年秋、ブラームスは出来たばかりのこの曲を持ってクララ・シューマン(作曲家ロベルト・シューマン夫人)の自宅に赴き、ピアノで弾いて聴かせました。これは、その時にクララが開口一番に言った言葉です。

 さて、地味で生真面目な人柄であったブラームスも、やはり毎年の「夏休み」が楽しみであったことは想像に難くありません。1877年の夏、ブラームスはオーストリアのヴェルター湖畔の小さな避暑地ペルチャッハに出かけ、都会の喧騒から離れてのんびりと英気を養っていました。そこで青い空、木々の緑、澄みきった湖をぼんやり眺め、あるいは鳥のさえずりなどに耳を傾けているうちに、どこからともなく、自然に曲想が沸いてくることにブラームス自身気がつきました。そして昨年、交響曲第1番でやり残し、そして行き詰まっていた色々なアイディアまでも、新たな解決のきっかけを持って蘇ってきたのです。

 「そうだ、新しい交響曲を作ろう!」

 ブラームスはそう思い立つと、持ってきた五線紙に向かい、次々と沸いてくる曲のフレーズを書き留め始めました。そして面白いように筆は進み、同年9月には、バーデンバーデン近郊のリヒテンタールにて既に総譜は仕上がっていました。前作の第1番が心血を注ぐあまり完成まで20年以上かかったのに比べ、たったひと夏――ブラームスにしては異例の筆の速さです。また曲全体も第1番とは打って変わって伸び伸びとした解放感、あるいは自然を謳歌するような喜びといったものが溢れ、さながら彼の青年時代の作品である2曲の「セレナーデ」を彷彿とさせます。それでいて中身が薄いわけでは決してなく、寧ろトロンボーンやテューバの用法等、オーケストレーションについては大幅な進歩が認められます。また楽譜に書かれている全ての音が有機的に活用されており、無駄な音は一音たりともありません。
 その後ブラームスはこのペルチャッハという土地がすっかり気に入ったようで、翌年、翌々年…と通います。そしてこの自然の中でリラックスしつつ、さらに「ヴァイオリン協奏曲」など中期の傑作が次々と生み出されたのです。


第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ

 終始、遅めの3拍子でゆったりと展開する楽章です。低弦楽器による導入(この「レ−ド#−レ」という短いモチーフは、全楽章を通して随所に登場します)に続き、ホルンが伸びやかな第1主題を奏します。少し物憂げな第2主題はチェロとヴィオラに現れ、やがて木管楽器群にも受け継がれます。展開部は冒頭の短いモチーフと第1主題が中心となり、やがてオーケストラ全体が豊かに鳴り響くクライマックスを経て、また冒頭の主題が再現します。コーダではホルンの幻想的なソロやこれまでに登場した様々な主題の断片が名残を惜しみつつ、平穏に締めくくられます。


第2楽章 アダージョ・ノン・トロッポ

 チェロによる、長調でありながらも哀愁を帯びた、美しい旋律で始まります。この楽章では特に、例えば冒頭のチェロの下降旋律にファゴットの上昇旋律を同時進行させる等、対位法的な作曲手法が効果的に扱われています。中間部は木管楽器群が弦楽器群と共に音の綾を織り成しながら展開していきますが、時折金管楽器が加わり雲行きがやや怪しくなります。最後はクラリネットの引導により、静かなH-dur(ロ長調)の和音で終わります。


第3楽章 アレグレット・グラツィオーソ(クワジ・アンダンディーノ)〜プレスト・マ・ノン・アッサイ

 弦楽器・木管楽器とホルン2本のみで演奏される、間奏曲風の楽章です。チェロのピチカートに乗って、オーボエが素朴で平穏な(実は演奏する側は平穏ではないのですが)主題を奏します。中間部はテンポが上がり、弦楽器に始まる陽気な田舎風の舞曲と、冒頭のオーボエの主題が交互に現れ、変奏を重ねながら交錯していきます。



第4楽章 アレグロ・コン・スピリート

 序奏もなく、いきなり木々のざわめきにも似た無窮動的な第1主題が弦楽器(一瞬トランペットが重なりますが、すぐに吹くのを止めてしまいます)に現れます。暗から明へのドラマティックな展開といった第1番のフィナーレとは対照的に、強弱の対比や澱むことなく一気に駆け抜けるようなスピード感など、例えばモーツァルトの「ハフナー」交響曲やベートーヴェンの第8交響曲などにも共通した、いわば新古典的な手法への回帰です。後半はトロンボーン・テューバも活躍し、最後は息をもつかせぬ盛り上がりを見せて輝かしく終結します。

 さて、クララの予言は、もちろん的中します。
 1877年12月30日、ウィーン・フィルハーモニー第4回定期演奏会。ハンス・リヒター指揮の下、メンデルスゾーンの「ルイ・ブラス」序曲やモーツァルトのセレナーデに続き、この交響曲第2番が初演されました。素朴かつ洒脱な第3楽章が終わると、曲の途中であるにも関わらず客席からは異例の拍手喝采が沸き起こり、しばらく鳴り止みませんでした。そして全曲の演奏が終わった後、第3楽章が再度演奏されたとのことです。でも本日ここにいらしている聡明な皆様は、私たちに第3楽章のアンコールを求めるのだけはやめましょう・・・。 


(2006.6.25)


もとい