ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調Op.92

L.v.Beethoven:Symphony No.7 in A-major Op.92 



 
 メロディー、リズム、そしてハーモニー。音楽はこの3つのブレンドです。そして、そのうちのどれに光を当てるかによって、音楽の性格ががらっと変わります。例えば当Nフィルが昨夏に採り上げたモーツァルト「ジュピター」の終楽章は、ド-レ-ファ-ミという旋律が何度も繰り返されるメロディー主導型。また、2月にオペラシティで演奏したドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」は、行き着くあてもなくさまよい続けているようなハーモニー主導型。そして今回のメインプログラムであるこの曲は全楽章を強烈なリズムで貫いた、いわば音楽史上初の?リズム主導型交響曲です。
 しかし。ステージをご覧ください。リズム=賑やかな打楽器群を期待するところですが、見ればティンパニが1セットだけ。それどころか「運命」「田園」で活躍したトロンボーンもピッコロもコントラファゴットもない、彼の初期の交響曲やハイドン・モーツァルトの時代に後退したような至って質素な楽器編成です。しかしそこから出てくるパワフルな響きが従来のそれとは明らかに違うことは、ちょっと聴くだけでもうおわかりでしょう。
 そもそもベートーヴェンがこの曲を作曲したのは1812年、彼は42歳。まさに脂の乗り切った時期そのもので、この頃はピアノ協奏曲「皇帝」やピアノ三重奏曲「大公」など傑作を次々と生み出していました。また、当時はナポレオン軍があちこちに侵攻して暴れまわっていた折、ナポレオン軍敗退をテーマにした曲を依頼されたり(戦争交響曲「ウェリントンの勝利」。ベートーヴェン版「1812年」ですね)、ゆっくり寝る暇もないくらい多忙な毎日でした。そして前作「田園」の発表から5年間の沈黙の後、彼は自信を持って「交響曲第7番」の筆を取ったのです。そしてアイルランド民謡やオーストリー・ハンガリーなどの古い民族舞曲からの引用を随所に盛り込み、全曲を通してベートーヴェン特有の重さ・暗さは抑えて明るく快活なサウンドと強烈なリズムを前面に出した、当時としては非常に斬新な交響曲が出来上がりました。彼はこの曲で、最小限のオーケストラから実に多彩でリズミックでごきげんなサウンドを最大限に引き出すことに成功したのです。
  初演は1813年12月に作曲者自身の指揮で行われ、第2楽章はアンコールされました。もっとも当時は、同時に初演され、しかも大砲や小銃、軍楽隊が派手に鳴り響く「ウェリントンの勝利」目当てに聴きに来た聴衆がほとんどで、交響曲の方はあとからじわりじわりと人気が出てきたとのことです。
 
 

第1楽章 ポコ・ソステヌート(やや音を保って)〜ヴィヴァーチェ(躍動的に)

 スコットランド民謡風の序奏つきの快速な楽章なのですが、主部に入る直前に静かになってから木管楽器とバイオリンでやりとりするE(ミ)音。メロディーではなく、リズムの変化だけで音楽が進みます。そして拍子が8分の6拍子に落ち着き、フルートが第1主題を奏でます。この「ターッタタン、ターッタタン…」という弾むようなリズムが第1楽章の基礎となっています。ホルンのきらめく高音が響く中、A-dur(イ長調)の和音で輝かしく終結します。
 
 

第2楽章 アレグレット(やや速く)

 前楽章の眩いばかりの明るい終結を、ここでは冒頭のa-moll(イ短調)の和音で唐突に否定し、一気に奈落の底に突き落とします。そして低弦に始まる葬送行進曲風のリズム。この特徴的なリズムが首尾一貫して繰り返され、前半のクライマックスを構築します。中間部はリズムそのままに長調に転じ、クラリネットとファゴットがこの世のものとは思えない美しい旋律を奏で始めるのです。
 
 

第3楽章 プレスト(急速に)

 快活な主題が各楽器の間を跳ね回るような主部に続いて、オーストリーの巡礼歌を引用したと伝えられている主題と、単音を延々と伸ばし続けるだけのシンプルな伴奏による素朴なトリオ(中間部)。これが2回繰り返されて3度目のトリオに突入しかけるや否や、突如としてこの楽章は終わります。
 
 

第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ(快速に、元気に)

 冒頭のティンパニと管楽器で示される「ドドドン!」というリズムと、続いて弦楽器で奏される民族舞曲風のテーマ(アイルランドもしくはハンガリー舞曲からの引用?)が執拗に繰り返される、かなり熱狂的な終曲。ベートーヴェンは情熱家とはいえ、ここまで過激なフィナーレを書いたのは初めて、当時としてはまさに「前衛音楽」です。その勢いは衰えることなくエンディングまで突き進みます。
 
 

 この曲は初演以降、さまざまな賛辞が残されています。有名なところでは「舞踏の神化」(リヒャルト・ワーグナー)、「リズムの神化」(フランツ・リスト)、そして「酔った勢いで書いた曲?」とは作家ロマン・ロランの言葉です。
 さて、皆さんはどうお感じですか?
 

(1998.7.25)


もとい