ショスタコ−ヴィチ:映画音楽『女ひとり』作品26より

D.Shostakovich:Music from the Film"Alone" Op.26


 『女ひとり』…何この演歌みたいなタイトル!

と思われた方、けっこういらっしゃいませんか?実は筆者もその一人なのです。ちなみに原題の”Odna(英語でいうAloneは、直訳すると「孤独」という意味なのですが…。1931年に公開された映画『女ひとり』は中央アジア(現カザフスタン)のアルタイを舞台に、新任教師エレーナ・クズミナが孤軍奮闘する物語で、実際に1930年から7か月にアルタイでのロケ撮影も行われました。田舎の学校へ赴任した先生が、村人や子どもたちと触れ合うという設定は、日本でいうところの『二十四の瞳』の大石先生とも共通しています。ただクズミナ先生のすごいところは、貧しい子どもたちを非情な富農から全力で守り抜き、最後にソヴィエト政府まで動かしてしまうまでの情熱と正義感の強さなのでしょう。またこの映画は字幕入りのサイレント映画ではありますが、一部に効果音や台詞などの音声が入る等、トーキー映画への過渡期ゆえの新たな試みがなされています。そして音楽を担当したショスタコーヴィチもこの新機軸に負けじと、3管編成のフルオーケストラにオルガンや声楽(本日の演奏では省略)、金管のバンダ(別働隊)、さらに当時珍しかったテルミンまでフィーチュアし、単純で明快な中にも、変幻自在で斬新なサウンドトラックを作曲しました。しかし後に戦争の混乱の中でフィルムの6巻目とともに楽譜も散逸してしまい、久しくその全容が明らかになっていませんでした。今回は2003年に指揮者マーク・フィッツ=ジェラルドにより復元された全45曲のうち11曲(断片を含む12曲)を抜粋して演奏します。

1.行進曲「大通り」(No.4

 目覚まし時計が鳴ってベッドから起き、慌ただしく身支度をする主人公の新卒教師、エレーナ・クズミナ。部屋の窓からはレニングラードの街並みが広がり、往来する人々や路面電車に心を躍らせます。

2.ギャロップ「幸せな日々が来た!」(No.6

 今日は婚約者とのデートの日。これから始まるであろう、新婚生活や地元レニングラードの小学校で教える自分の姿を想像しながら、幸せで充実した毎日へ期待を膨らませる場面です。

3.行進曲(No.10

 ところが・・・レニングラード勤務希望のはずが、決まった赴任先はシベリア西部アルタイにある先住民族の村。慌ててクズミナは就職課へ請願書を提出し訴えようとしますが、結局婚約者とは離れ、この村で教師としてスタートする決意を固めます。

4.農民小屋の中のクズミナ(No.18

 村に着き、まず目の当たりにしたのは、傍若無人な富農ベイと貧しい羊飼いや子どもたちとの格差、そしてその現実を見ていながら何もせず、事なかれを決め込んでいる村長(=ソヴィエト政府から派遣された役人)。これから住む部屋に入り、どんよりとした気持ちで荷物を解き始めるクズミナ。やがて、窓の外に広がる自然や動物たち、そして外を元気に走り回る子どもたちを見ながら、徐々にやる気と使命感を取り戻します。

5.イントロダクション〜学校の授業(Nos.20 & 21)

 短いピッコロの序奏に続き、打楽器とトランペットとフルート群のコミカルなやりとり。冬になり、教室で村の子どもたちへ科学技術の素晴らしさを熱心に説くクズミナ先生。最初はぽかんとしていた子どもたちも、徐々に彼女の話に惹かれ、熱心に耳を傾け始めます。

6.ベイが子どもたちを牧場へ連れ帰る(No.22

 ここで突然、教室の扉が開きます。仁王立ちした富農ベイが「越冬のために羊を追うから」と、子どもたちを次々と学校から連れ帰ってしまいます。安い労働力である子どもたちが、クズミナ先生を慕って嬉々として学校に通っていることを快く思っていないのです。その場の凍りついた空気とやるせない心境を、オーボエのモノローグが表現しています。

7.ステップ(草原)を吹く嵐(No.35
8.吹雪(No.36
9.嵐の後の静けさ(No.37

以上3曲は、失われてしまったフィルム(6巻目)に該当し、もっともドラマティックな場面でありながら、残念ながらこんにち映像で見ることはできません。
 クズミナ先生を逆恨みするようになった富農ベイは、そんなに学校に行きたいのならば羊をお金に換えてからだと、羊たちを食肉業者へ売り払ってしまいます。羊がいないと生活が成り立たない羊飼いと子どもたちを守るため、クズミナ先生は立ち上がります。そしてベイと食肉業者が違法な取引をしていることを摘発するために、馬そりで町に向かいます。ところがその馬そりの御者が富農ベイの回し者で、途中で意図的にクズミナ先生をそりから放り出し、置き去りにして逃げてしまいます。
テルミンの不穏なグリッサンドに続き、オーケストラ全体が荒れ狂う吹雪の場面に突入します。

10.クズミナの救出と飛行機(No.44

 山中をさまよったクズミナ先生は、村の救助隊に救出されたものの、凍傷がひどく瀕死の状態でした。いつものように見て見ぬふりをしようとした村長に対し、村人と子どもたち全員がクズミナ先生の命を救ってほしいと懇願し、さすがの村長の心もついに動きます。

11.フィナーレ(No.45

 そして、モスクワから救援の飛行機が飛んできました!村人たちが狂喜乱舞する中、担架で運び込まれたクズミナ先生を乗せた飛行機はモスクワの病院に向けて飛び立ち、ハッピーエンドとなります。
暴君から全力で村人と子どもたちを守り抜いたクズミナ先生には、誰もが味方についてくれました。決して「ひとり」ではなかったのですね。

(2014.2.11)

 


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