イベール:モーツァルトへのオマージュ

J.Ibert:Hommage a Mozart


 「フランス音楽の午後2016」へ、ようこそおいで下さいました。今回はフランス音楽の中でも比較的明快で耳に馴染みやすい曲を中心にご用意いたしました。幕開けはジャック・イベール(1890-1962)の『モーツァルトへのオマージュ』です。
 イベールはパリ音楽院卒業後、どういうわけか海軍に入隊して士官まで昇進し、その後自作曲のローマ大賞入選をきっかけに再び音楽の世界に戻ったという異色の経歴の持ち主です。そのためか彼の作品は、パリ音楽院の同窓生であるオネゲルやミヨー、あるいはプーランクといった「フランス六人組」による新古典主義(バロックや古典派の精神に戻って耳に馴染みやすい音楽を目指す等)とはやや趣を異にした、ラヴェルの後継者とも言うべき近代的かつ機知に富んだ響きが特徴となっています。しかし、そんなイベールも、決して新古典主義に背を向けていたわけではなく、時には思わずほっとするような明朗な曲も書いていました。1956年に作曲された『モーツァルトへのオマージュ』もそのひとつです。

1956年――その年は、モーツァルトが1756年に生まれてから200年目にあたり、世界各地で生誕200年祭やコンサートが目白押しでした。そしてフランス放送音楽振興局も生誕200年を記念する企画のひとつとして、モーツァルトにちなんだ管弦楽曲をイベールに依頼しました。さて、モーツァルトにちなんだ曲といっても、作り方は色々あります。例えばチャイコフスキーはモーツァルトのピアノ曲をそのままオーケストレーションしました(組曲『モーツァルティアーナ』)。レーガーはピアノソナタのテーマを用い、独自の変奏曲を展開しました(『モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ』)。プーランクは自作のバレエ音楽に『プラハ』交響曲の断片を引用しました(牝鹿』)。そしてイベールは考えた末、これらのどれでもない、全く新しい手法でモーツァルトへの敬意を表しました。

オーケストラはフルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦というよくありがちな編成。曲はアレグロ・ジョコーソ、二長調、2/4拍子、ロンド形式。きめ細かいオブリガート(対旋律)を纏いつつも、テーマが快活に提示されます。フルートのソロで始まるウィーン風の中間部は一瞬短調に転じますが、すぐに元のテーマが戻ってきます。2つめの中間部は金管楽器によるファンファーレで始まり、途中から3/4拍子に転じて徐々にクライマックスを築き、その頂点で冒頭の主題が三たび再現します。そしてコーダは何となくそのままオペラの幕が上がりそうな期待感を持たせつつ…。

もうおわかりですよね。イベールはモーツァルトの作品を一切引用することなく、20世紀版の『フィガロの結婚』とも言うべきモーツァルトの世界を再現していたのです。そういうわけで、フランス音楽とか新古典主義とかあまり細かいことは意識せず、「モーツァルト風に」さらっと聴き流していただけると幸いです。


(2016.6.18)
 


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