ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」(ラヴェル編曲)

M.Mussorgsky:"Pictures at an Exhibition"(Orch. M.Ravel)


 本日後半に演奏する曲は、ロシア国民楽派を代表する作曲家モデスト・ムソルグスキー(1839〜1881)の組曲「展覧会の絵」です。原曲はピアノ独奏曲で、交響詩「禿山の一夜」と並んで彼の代表作なのですが、実はこの「展覧会の絵」が名曲としてクローズアップされたきっかけは、プログラム前半でお聴きいただいた、あのラヴェルによる管弦楽編曲でした。

 ムソルグスキーは当時ロシア芸術界のさまざまな人物と交流があり、とりわけ画家であり建築家でもあるヴィクトル・ハルトマンとは同年輩であるよしみもあり、無二の親友とも言うべき間柄でした。1873年にハルトマンが39歳の若さで亡くなり、翌年に有志の計らいで「ハルトマン遺作展」が開かれ、400点以上に及ぶ彼の作品、原画、あるいは夢に終わった設計図などが展示されました。ここで夭折した親友が遺した原画の数々を目にしたムソルグスキーは「何とか自分なりにハルトマンの作品を完成させてあげたい」と思い始めました。

 こうしてインスピレーションを得た彼は、次から次へとあふれ出てくる旋律やアイディアを余すことなく書き留め続け、やがてハルトマンの原画をモチーフにした10曲に「プロムナード(通路もしくは遊歩)」という間奏曲を間に配置した「展覧会の絵」全16曲を完成し、亡きハルトマンに捧げます。曲そのものはピアノよりもオーケストラの方がふさわしい内容なのは明らかなのですが、如何せんムソルグスキーにはそれ以上の余裕もなく、彼自身でオーケストレーションは手がけたものの大して進行しないままこの世を去り、このピアノスケッチ(下書き)風の独奏曲として残された「展覧会の絵」はムソルグスキーの死後、細々と演奏されるに過ぎませんでした。またR=コルサコフの監修の下でこの曲の管弦楽編曲が試みられる等、色々な作曲家や学者がこの曲を管弦楽曲として蘇生させようとしたものの、どれも決定打とはなりえませんでした。

時は変わって1922年、パリを拠点にロシア音楽の普及に努めていた指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーがこの「展覧会の絵」に目をつけ、フランスの作曲家による新たな管弦楽版を企画していました。ここで白羽の矢が立ったのがあの「オーケストラの魔術師」モーリス・ラヴェルであったのです。ラヴェルはこの話を引受けると、直ちに編曲の作業にとりかかりました。この曲が元来持っているロシア音楽特有の土臭さを控え、澄んだ響きを作るべく随所に原曲にはない変更が加えられ、そして斬新なオーケストレーションが施されました。また曲の進行をスピーディにするために、同じ旋律が何度も出てくる「プロムナード」を1曲カットし、全15曲としました。 こうしてラヴェル編曲の「展覧会の絵」は同1922年10月19日にパリでクーセヴィツキーの下で初演され、その原曲を超えた華麗な旋律や洗練された響きにより、その後世界各地のオーケストラで競って採り上げられるほどのヒット作となります。また、これをきっかけにムソルグスキーのピアノ原曲にも脚光が当たり、著名なピアニストが演奏したり録音を残したりすることも珍しくなくなりました。

 ちなみに前述のR=コルサコフのみならず、指揮者ストコフスキー、アシュケナージ、あるいは日本では近衛秀麿といった人々がこの「展覧会の絵」の管弦楽編曲を発表していますが、現時点ではやはりラヴェル版を上回るものは未だ世に出ていないのが実情です。


【プロムナード@】

 トランペットの有名なファンファーレで始まるコラール風の短い導入曲。この旋律は何度も登場しますが、曲を追うごとに曲調や調性を変えていることで、絵を見ながら歩くムソルグスキーの心境の微妙な変化が表されていることにご注目ください。


【T.グノムス(こびと)】

 地底に眠る宝物を守る、がにまたで歩く妖怪風?のこびと。うめくような重低音と、悲鳴のような最高音の間を行ったり来たりします。


【プロムナードA】

 冒頭と同じメロディが、今度はホルンや木管により温厚、かつ繊細に演奏されます。


【U.古城】

 イタリアの古城にて、吟遊詩人がリラを手に歌うカンツォーネ。この「歌」は、ラヴェル版では、特別にフィーチュアされたアルトサックスのソロにより演奏されます。


【プロムナードB】

 再びトランペットのファンファーレが響き、重厚な雰囲気が醸し出されます。


【V.テュイルリ(遊んだあとの子供のけんか)】

 テュイルリとはパリの路地裏にある小さな公園の名前。子供たちが走り回り、戯れています。そして些細なことからけんかとなりますが・・・見かねた親が家に連れて帰り、呆気ない幕切れとなります。


【W.ビドロ(牛車、もしくは牛の群れ)】

 舞台はポーランドの農村。牛に引かれる車輪の軋みと、思うように動かない鈍重な牛の動きが、テューバ(今回はテナー・テューバにより演奏されます)のソロを先頭にした低音楽器を中心に描写されます。原曲は終始ff(フォルテシモ)による荒々しい曲なのですが、ラヴェルにより強弱記号を操作し、曲全体にメリハリをつけています。


【プロムナードC】

 先ほどの旋律は短調に転じます。かわいそうな牛たちの姿を見た後、少し気持ちが沈んでいます。やがて次のコーナーにある絵が少しずつ見えてきます。


【X.卵の殻を付けた雛の踊り】

 かつてハルトマンはバレエの衣装デザインを手がけたことがあり、その時の絵コンテから着想された曲。卵の殻から抜けきれずに跳ね回る雛鳥とそれを見て慌てる親鳥とのやりとりが、木管セクションの活躍するアンサンブルで表現されています。


【Y.サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ】

 「シュムイレ」は貧乏なユダヤ人、「サムエル・ゴールデンベルク」は太った大金持ちのユダヤ人。借金の返済を迫るゴールデンベルク(弦楽器と木管楽器)に、支払いの延期を懇願するシュムイレ(弱音器をつけたトランペットソロ)。話は並行線のまま、結局ゴールデンベルクの「いいかげんにしろ!」の一喝で終わります。


【Z.リモージュの市場】

 舞台は再びフランスへ。フランス中部にあるリモージュの街の市場。にぎやかな喧騒の中で、物売りのおばさんの売り声や他愛もない世間話があちこちから聞こえてきます。

【[.カタコンブ】

 場面は一転し、ローマ時代の地下墳墓へ。元の絵は、ハルトマン自身が実際にカタコンブを見に行き悲惨な場面を目の当たりにした時の「自画像」と言われています。金管楽器を中心とした和音の変化のみで劇的かつ不気味に進行していきます。やがて曲想は静かになり、切れ目無く次の曲へ続きます。


【死者の言葉による死者との対話(プロムナードD)】

 冒頭の主題が短調で静かに現れます。ムソルグスキーが、絵に描かれていた亡きハルトマンと改めて対峙し、言葉を交わそうとしています。


【\.バーバ・ヤーガ(鶏の足の上に建つ小屋)】

 バーバ・ヤーガとはロシアの民話に登場する魔女。雌鳥の足の上に、魔女の小屋が建っているという幻想的な絵で、魔女がほうきに跨ってダイナミックに飛び回る様がトランペットの力強い旋律で描写されています。そして曲の勢いは衰えることなく、終曲へなだれ込みます。


【].キエフの大門】

長大な組曲を締めくくるにふさわしい、金管楽器が力強く堂々たるコラールを奏する終曲です。さてキエフとは、言うまでも無く現在のウクライナの首都。ハルトマンは1866年にこの黄金に輝く「キエフの門」の設計図を残しており、いわばこの曲は音楽による「完成予想図」とも言えましょうかね?そして冒頭のプロムナード主題も回帰し、タムタム(銅鑼)を先頭にした打楽器群が響く絢爛豪華な最強奏のうちに曲を閉じます。


(2004.12.19)
 


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