ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲
M.Ravel:"Daphnis et Chroe" 2nd Suite
ラヴェルはバレエ音楽を何度か手がけていますが、その中でも最も楽器編成が大きく、演奏時間も最も長く、そしてラヴェルの全作品の中でも最高傑作といわれているのが、この「ダフニスとクロエ」です。
1909年、ラヴェルはロシア・バレエ団の主宰者であるセルゲイ・ディアギレフより呼び出され、“ダフニスとクロエ”と銘打った1冊の台本を手渡されました。
「来年うちがやる新作バレエを作曲して欲しいんだ」
どうやら同バレエ団の振付師フォーキンが、古代ギリシァに伝わる物語を基に5年の歳月をかけて自ら起こした台本のようです。ラヴェルは持ち帰り、ページを繰ってはみたものの・・・時間をじっくりかけて作っている割には、若い男女の恋物語に醜い牛飼いの横恋慕が入る等、あまりにお決まりで起伏に乏しい筋書きにまず幻滅します。ましてフォーキンと打合せを重ねれば重ねるほど、彼のイメージしているバレエ音楽とラヴェルの作曲の方向性が上手く噛み合わず、なかなか作曲の筆は進みませんでした。
結局その年は新進気鋭の作曲家ストラヴィンスキーが起用され、1910年は「火の鳥」、翌1911年は「ペトルーシュカ」が上演されました。これがラヴェルにとって起爆剤となったらしく、これらの斬新な音楽を上回るべく作曲は急ピッチで進められました。
ラヴェルが打ち出したコンセプトは、ギリシャ神話に基づく「音楽のフレスコ画」。楽器編成は色彩豊かな打楽器群に加え、ディアギレフの反対を押し切って混声合唱も起用(今回の演奏では合唱は省略されています)しました。そして、1日1ページ完成するかしないかのペースでコツコツと仕上げられた、まるでコンピュータグラフィックのような緻密で規則的なオーケストレーション・・・。
そして1912年6月8日、「ダフニスとクロエ」はパリのシャトレ座において、ロシア・バレエ団により初演されました。ちなみにこの公演に居合わせたストラヴィンスキーはさらにこの「ダフニス」に刺激を受け、翌1913年「春の祭典」を発表します。この時期は、このようにして、近代バレエ音楽の傑作が相次いで生まれたのです。
T.夜明け
ここは洞窟の前。海賊にさらわれたクロエを助けるために彼らと一戦を交えたダフニスが、気を失って眠っています。静かな夜が白々と明け、鳥の囀りがあちこちから聞こえ始め、やがて陽の光が差します。そしてダフニスを探しに来た羊飼いたちが遠くで、近くで笛を吹きます(ピッコロと小クラリネット)。そして目覚めたダフニスは、解放されて向こうからやってくるクロエと感動的な再会を果たします。そう、パンの神が2人を救ってくれたのです。
冒頭、フルートが複雑な音型のアルペジオを静かに奏し始めると、低弦楽器群から順に少しずつ弱音器を外しつつ、音色を微妙に変え続けながらffに向かってじっくりとクレッシェンドをかけていくラヴェルのオ−ケストレーションは、まさに圧巻です。
U.パントマイム(無言劇)
助けてくれたパンの神に感謝の意を表すため、ダフニスとクロエはそれぞれパンの神と妖精に扮して、無言劇を演じます。2本のフルートが交代で吹く、息の長いソロが続きます。そして激しい踊りの末、クロエはダフニスの腕の中に倒れこみます。2人はここでハッと我に返り、アルトフルートの低音のソロに導かれつつ、静かに幸福を噛みしめます。
V.全員の踊り
祭壇の前に立ち、永遠の愛を誓うダフニスとクロエ。5/4拍子(3拍子+2拍子)という、フランス音楽にしては珍しい拍子に乗って、それまでの物語で登場した人物が次々と現われ、各々が趣向を凝らした踊りを演じます。音楽も、小クラリネットの高音域のソロが響く中、オーケストラ全体が無窮動のような絶え間ない動きで、最後のクライマックスに向けて熱狂的なうねりを構築します。そして出演者全員の狂喜乱舞の中、バレエ全曲の大団円となります。
蛇足ですが、この曲のオーケストレーションは、パリの凱旋門のすぐ近くにあるアパルトマンの1室に籠って進められました。この部屋は今でも現存しており、非公開ながらカフェのある建物の2階に「ラヴェルが『ダフニスとクロエ』を書いた部屋」である旨書かれたプレートが埋め込まれています。
(2004.12.19)