ラヴェル:組曲「クープランの墓」

M.Ravel:Le Tombeau de Couperin


 この標題を見て「『墓』だなんて、縁起でもない…」とお思いになった方、いらっしゃるのではないでしょうか?日本では専らこう訳されますが、フランス語の原題”トンボー(Tombeau)”には墓という意味のほかに「(故人を)偲んで」というニュアンスもあり、どうやらこの曲の場合は後者の方がしっくりくるようです。
 この『クープランの墓』は近代フランスを代表する作曲家モーリス・ラヴェル(1875-1937)が最後に書いたピアノ曲で、当初は単純にフランス音楽の大先輩フランソワ・クープランに畏敬の念を込め、その名を冠した古風でどこか懐かしいピアノ組曲として、1914年に着手されました。1914年と言えば、世界中を巻き込んだあまりにも大きな事件…そう、第一次世界大戦の勃発した年です。着手後しばらくしてラヴェルは作曲を中断し、野戦病院の運転手として国への忠誠を尽くします。そして1917年、任務を終えてパリに戻って来たとき、ラヴェルは愕然とします。彼と親交のあった友人がことごとく兵役に駆り出され、戦場へ散ったとの連絡を受けるのです。
 傷心のラヴェルは、中断していたこのピアノ曲の作曲を再開します。当初のプラン通りの新古典主義的な曲構成でクープランを偲ぶとともに、11曲に戦争で失った友人たちへの哀悼の意を込め、こうしてピアノ組曲『クープランの墓』全6曲が完成しました。初演は、同様に夫を戦争で失ったピアニスト、マルグリット・ロンにより行われ、その後ラヴェルは1919年に全6曲のうちの4曲を管弦楽のための組曲として再構成し、現在では世界中のオーケストラの主要なレパートリーとして定着しています。
 さて、管弦楽で演奏される『クープランの墓』は全4曲、というのがラヴェル自身の意思であることは私たちも重々わかっているのですが、敢えてオーケストレーションを施さなかった2曲(『フーガ』『トッカータ』)も、他の4曲に勝るとも劣らない、非常に繊細で魅力的な曲であることは否めません。本日は敢えて、ラヴェル自身による管弦楽版と同じ編成で演奏できるように編曲された『フーガ』『トッカータ』も含む全6曲をピアノ原曲と同じ順番で演奏することで、ラヴェルがこの曲を通して思いを馳せた友人全員に光を当てたいと思います。なお『フーガ』と『トッカータ』については複数の管弦楽編曲版が存在しますが、本日はマイケル・ラウンドによる編曲版(1998年出版)の楽譜を使用し、さらに『トッカータ』は当団独自に奏者4名の打楽器パートを追加したオリジナル版で演奏します。

1.プレリュード(ジャック・シャルロ中尉の想い出に
 12/16拍子という細分化された拍子は一見変則的ですが、要は細かい音を大切に演奏するように、という意味が込められているようです。流れるような細かい音符の無窮動と、クラウザンを彷彿とする装飾音符が印象的な曲です。ラヴェルはこの鍵盤楽器特有の繊細で技巧的なパッセージを管弦楽化するにあたり、オーボエを多用しています。

2.フーガ(ジャン・クルッピ少尉の想い出に
 この曲と終曲(トッカータ)はラウンドによる管弦楽編曲版を使用して演奏します。ゆったりしたテンポの中で素朴な旋律が交錯し、反行(音型が上下反転する)しながら展開していきます。こうしてオーケストレーションを施すと、その繊細さと緊張感が、どこかウェーベルンのリチェルカータ(J.S.バッハ『音楽の捧げもの』からの管弦楽編曲)を連想させます。

3.フォルラーヌ(ガブリエル・ドリュック中尉の想い出に
 ヴェネチア(イタリア)の舟歌風ののんびりした6/8拍子の舞曲です。弦楽合奏の裏で随所に聞こえるコールアングレ(イングリッシュホルン)の対旋律と、途中フルートから始まり各楽器へ波及する、木の葉が舞い降りるような下降音型が印象的です。なおラヴェルによる管弦楽版組曲では『フーガ』をカットしているため、第2曲となっています。

4.リゴードン(パスカル&ピエール・ゴルダン兄弟の想い出に
 リゴードンとはプロヴァンス地方に伝わる2/4拍子の力強い舞曲です。ラヴェルによる管弦楽版組曲では第4曲(終曲)で、華やかな演奏効果を鑑みて作曲者自身により『リゴードン』と『メヌエット』の曲順を逆転させていますが、今回はピアノ原曲の順番で『メヌエット』に先立ち、交響曲でいえばスケルツォ的にさらっと演奏したいと思います。曲はトランペットの主導で華やかに始まり、中間部はややテンポを落とし、民謡的な旋律がオーボエに現れた後、主部がほぼ同じ形で再現されます。

5.メヌエット(ジャン・ドレフュスの想い出に
 前述のとおりラヴェルによる管弦楽版組曲では第3曲で、3/4拍子によるゆっくり目の舞曲です。素朴でかつどこか懐かしいハーモニーに乗せてアンティークで流れるような旋律が奏でられます。中間部は少し憂鬱な空気が支配し、やがて主部が再現した後、名残を惜しむように静かにフェードアウトします。

6.トッカータ(ジョセフ・ドゥ・マリアーヴ大尉の想い出に
 ジョセフ・ドゥ・マリアーヴ大尉は音楽学者であると同時に、原曲の初演者であるピアニスト、マルグリット・ロンの夫でもあります。「管弦楽の魔術師」とも言われるラヴェルが敢えて『トッカータ』をオーケストレーションしなかったのは、単に初演を託すだけではなく、演奏を含むこの曲の全てを遺されたマルグリット・ロン未亡人へ捧げたいという強い意思の表れなのかも知れません。ラウンドによる管弦楽編曲版は、『ラ・ヴァルス』などにも通じる弦楽器のディヴィジ(分奏)や木管楽器による高難度のアルペジオを多用しており、ピアノ原曲の持つ色彩感や緊迫感、そしてこの曲に込められたラヴェルの意図を少しでも再現するよう試みられています。そしてテンポは終始澱むことなく、亡き友人へ、亡き夫への思いと遣る瀬ない感情が高ぶったまま、その頂点で曲が結ばれます。 

(2018.6.30)
 


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