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それぞれの『ハーモニー』       By 狂箪笥(^^)



第8話「Winter into Spring」(最終回)


 金曜の夜。貴子の家に吉田が訪れていた。貴子は茶色い封筒を差し出した。
「これ、チケットね」
「ありがとう。プログラムは?」
「ティルと、小組曲と、ブラ1」
「うん、行くよ。2時開演だね」
「うんっ」
吉田は封筒の中を覗いて、少々怪訝な顔をした。
「あれ、2枚?」
「・・・・一応ね。S席よ」
「いいよ、1枚で。これ指定席だから、無駄になるよ」
「素敵な相手を探してね」
「・・・・どういうこと?」
「吉田さん、話があるの」
「何?」
「あのさ、」
貴子は改まったように言いかけ、すぐ中断した。そして、コーヒー入れるね、と小さく呟い
てキッチンへ立った。吉田は、部屋にあるピアノの蓋を開けると、フルート・ソナタのピア
ノパートを弾きはじめた。さあ、歌ってくれ、と言わんばかりのようにフルートの出番の前
で、無意識のうちに少しテンポを引っ張った。
「やめて!お願い、やめて!」
「どうして?」
吉田はピアノを弾くのを中断した。振り返ると、貴子がコーヒーを持ったまま、今にも泣き
出しそうな顔になっていた。
「何で泣いてるんだよ?」
「・・・・わかんない。何だか、嫌なの」
「で、さっきの話って?」吉田はまだ状況が把握できていなかった。
「私・・・・やっぱり、結婚できない」
「どうして?」
「どうしてだろう・・・・私自身もよくわかんないんだけど、『よくわかんない』ってこと
 が、わかったの。だから、もう付き合えない」
「どういう事だよ」
「私たちって、よくわかんないまま出会って、よくわかんないまま付き合ってたのよね。つ
 まりはお互いを、もうこれ以上深く知らなくても良さそうな気がしてきたの」
「なぜ?僕は君のことをもっと知りたいなあ」
「例えば、何を知りたいの?」
「例えばってさあ、うーん・・・・」吉田はとっさに言葉が浮かばなかった。
「ほら・・・・。でも、私と結婚したいって思ったんでしょ?」
「うん。そりゃ、思ったさ」
吉田は、少々捨てばちになっていた。
「吉田さんは、本当の私を見ていなかった。私も、そうだった。よくわかんないまま、気を
 引くことばかり考えていて、吉田さんそのものの内面には入れなかった。吉田さんだって
 そうじゃなくて?私自身より、駆け引きに興味があったんじゃなくて?」
図星であった。確かに貴子の好意に応えることが全ての価値判断の基準であり、上面だけの
駆け引きに終始していたような気がする。吉田は、自分が貴子に翻弄されていたことを悟っ
た。
「貴子さん。ひとつ聞いていい?」
「はい」
「僕とは、単なるゲームだったのか?」
「ううん、真剣だったわ。でも、これって、ゲームだからこそ、時に真剣になれる瞬間があ
 るのかも知れない。真剣だった分、毎日が本当、充実していた。ただ、吉田さんに、『結
 婚しよう』って言われたとたん、それ以上先に進めなくなっちゃったの。今までの緊張感
 と充実感が、急に消えてしまったの」
「さしずめ『ゲームオーバー』か」
「そうね、ゲームオーバー。でも、別にどっちが負けってわけじゃないよね」
決して贖罪にはなっていなかった。が、もはや、2人の意識の先に合流点は見えていた。吉
田は、いつもの笑顔を取り戻して言った。
「プーランク、良かったよね」
「・・・・うん」
貴子も泣き腫らした顔に精一杯の笑みを浮かべた。
「じゃあ、・・・・今までの充実感に、乾杯!」
「乾杯!・・・・って、これ、コーヒーよね」
二人は冷めたコーヒーカップを合わせた。

   


 学は、遠藤の店で独りバーボンのロックをあおっていた。とにかく飲まずにはいられなか
った。
「先輩、一体どうしたんですか。ここに一人で来るなんて珍しいじゃないすか」
「・・・・ま、いいじゃん」
「何かあったんですね、きっと・・・・」
「何もねえよ」
学は否定したが、遠藤は構わず続けた。
「ここで全部吐きだして、楽になってくださいよ」
「まあ、大人の世界は複雑なのさ、色々あってね」
「じゃあやっぱり何かあったんじゃないすか」
「・・・・もう一杯」
「はい・・・・」
 獏がスーツ姿で慌ただしく入ってきた。開口一番に、学に尋ねた。
「どう?連絡とれた?」
「いや・・・・いつかけても留守番電話のままなんだ。メッセージは入れたんだけどさ、
 まるで反応なし」
「そうか・・・・」出されたクローネンブルクを、ぐいっ、と力を込めて飲み込むと、
「実は俺も何度か電話したんだけどさ、全然だめ」
「会社は?」
「いつかけても離席中か応対中。完全にテレホンセールス扱いされちゃってるよ」
「実家は?」
「このところ帰ってないってさ。あんまりかけたら、親御さんが逆に心配しちまうよ」
「そりゃそうだ」学は吐き捨てるように言った。
「あの子が練習に来なくなってもう3週間・・・・」
「この際さ、エキストラ呼んで補充するか?」
「馬鹿言うんじゃない。今更無理だよ。そんなに降ろしたいのか。」
獏はきっぱりと拒絶した。学は、一層割り切れなくなった感情をごまかすように、ため息混
じりに言った。
「あさってゲネプロかあ!」
その瞬間、学のロックグラスの氷がわずか下方に滑り込み、こっ、と小さな音を立てた。獏
は言った。
「ま、自然の流れに身を任せれば、解決するような気がするぜ・・・・今、氷が溶けたよう
 にさ」
彼にしては気障なセリフであったが、あながち外れてはいまい。そう学は思った。
 


 千秋の部屋。土曜日だというのに、朝から何もしないでずっと考え事をしている。
「頭の整理、しなくっちゃ。私は確かに、学さんと別れた。それは、学さんの笑顔が、他の
 人に向いてしまったから。あの時、私と一緒にいる学さんより、ずっと素敵な笑顔をして
 いた。本当に幸せそうだった。でも待って。それまで私は、学さんを本当に好きだったの
 かな。もし本当に好きなら、学さんが幸せなのを見たら私も幸せになるはずでしょ。貴子
 さんと一緒にいる学さんを見ても、私にはそうは思えなかった。なぜだろう・・・・。私
 には祝福する気は起きなかった。でも、やっぱり私は好きだった。
  学さんにとって、私って、一体何だったんだろう?下手に、私が学さんの眼の前に現れ
 たから、学さんの気持ちが散ってしまったの?きっと、学さんの視界の中に、私と貴子さ
 んの両方が一緒にいるから迷ったんだ。でも、例えそうだとしても、アドバンテージは貴
 子さんにあるんだ。だから、私は学さんの前から姿を消すしかなかった。
  なぜ学さんが好きになったの?本当に学さんが好きだったのかな?頭が切れて、かっこ
 いいだけで好きになっていたのかな?ただ単に、他人に自慢したくって?貴子さんから奪
 ったことで、自分に自信がつくから?そうじゃないよね・・・・」
次々と、千秋の脳裏に焼き付いている学の姿が浮かんでくる。
初めての練習の時、トランペットを持って現れた姿。
いつまでも、熱っぽく音楽論を語る姿。
合宿の時、車で颯爽と迎えに来てくれた姿。
喧嘩で傷付いたあと、花火の光をじっと見つめていた姿。
でも、・・・・
千秋の目から、泪があふれて頬を伝う。
「あーあ、やっぱり頭の整理なんかできなかった。却ってわけわかんなくなっちゃった」
ベッドに、ごろん、と横になり、そのまま無言のうちに時間は過ぎていく。

 いつしか、眠ってしまったようだ。ハッと気付いたときは、既に夕刻であった。
「何か食べに行こう。お腹が空いてると、やっぱり何もいい考えが浮かばないや。ゴハン食
 べれば、何とかなりそう」
コートをはおり外に出、アパートの階段を降りきったところで、千秋は驚いてとっさに目を
伏せた。
「・・・・千秋ちゃん」貴子であった。


 駅前の喫茶店にて。千秋は貴子に対し何も悪いことはしていないのだが、何だか後ろめた
いものを感じていた。
「ケーキ食べましょ、御馳走するわ」と貴子。
「千秋ちゃん、心配してたのよ。何度かけても連絡がとれないって」
「すいません、誰とも話したくなかったんです・・・・」
「獏君から話は全部聞いたわ。学、アメリカに行っちゃうんでしょ」
「はい・・・・」
「シスコは同性愛者が多い町よね。エイズにかからなきゃいいよね」
「えっ?」
「ふふふ、冗談よ冗談。でもさ、インペクいなくなって、うちのオケこれからどうなるのか
 しらね」
「そうですね・・・・」
「でもさ、学もけっこう心配してたよ。教えてくれる?一体どうしたの?」
「すいません・・・・本当にすいません」
「お願い、そんなに謝らないで。別に悪いことなんてしてないじゃない」
「ええ、でも貴子さんに申し訳なくって・・・・」
「何でよ、私は別に千秋ちゃんは恨んでなんかいないわよ」
「どうして・・・・」
「だって千秋ちゃん、学のこと好きなんでしょ」
「・・・・・・」
「言わなくても、それ位わかるわ。そうなんでしょ?」
「・・・・はい」
「私も、学が好き」
「・・・・」
「じゃあ、仲間じゃない」
「そうかあ・・・・」ここで千秋はハッと気づいて、すぐ言いなおした。
「いえ、そうかも知れないですけど、やっぱり・・・・」
「だって、第一、私たちこうやって一つのオーケストラに居るじゃない。で、難しいながら
 もいろんな曲に向かって、一緒に頑張ってるんじゃない。そりゃ人間だもの、この間の合
 宿の話じゃないけど、時には激しく口論したりするときもあるよね。でも、みんなの通る
 道はばらばらかもしれないけど、目的地は同じじゃない。そう考えると気楽でしょ」
「ええ、確かに音楽は・・・・」
「だからさ、発想を変えなきゃ!ね。運命共同体って言ったらオーバーだけどさ、結局私た
 ちって同じことを考えてるのよ。ただ、同じことを考えているってことに気がついてない
 だけじゃないかしら。みんな、気持ちのどこかで、歩み寄ろうと努力しているのよね。た
 だその努力が、ちょっとすれ違っているだけだと思う。お互いそう思っていれば解決まで
 の道は近いわ」
「うーん・・・・」
「私もね、実はつい昨日まで、ブラームス降りようと思ってたの」
「それ、どうしてですか」
「学と、音を合わせたくなかったの。あ、でもこれは千秋ちゃんのせいじゃなくてね。これ
 じゃせっかく皆が作ったハーモニーが崩れるかなって思って。何となく、知らず知らずの
 うちに学のラッパと張り合っちゃいそうで。そうしたら、ハーモニーが崩れて、演奏会が
 台無しじゃない。でもさ、考え方変えたの。ベルリン・フィルやウィーン・フィルって、
 本当に音が縦も横もぴったりあってるじゃない。でもあれはオケの人達が全員同じ頭の構
 造しているからじゃないでしょ。そんなオケあったら無気味よね。ただ単にみんなが色々
 考えた末に出す音が同じなだけなのよね。それぞれ、自分が目指す音があるの。その合流
 地点が、今出しているハーモニー。目指す所が同じならば、音は合うし、奇麗に響くわ。
 相性が良くないとか、気分がどうとかってよく言うけどさ、ふた言目にはそういうことを
 言う人って、結局は自分の技術や練習不足を責任転嫁してるだけなんじゃないかな。でし
 ょ?」
「ええ」
「私は、人のせいにはしたくないんだ。第一、音楽に失礼よね。だから、私も自分を磨いて、
 自分のハーモニーを目指す事にしたの。明日はゲネプロ。まだ時間はあるわ。千秋ちゃん
 も頑張って。ブラームス成功させましょ」
「はい!」


 日曜日、ゲネプロの日。セッティングが終わり、皆ひとしきり楽器を取り出した頃合い
であった。ガタッとドアの音がし、手にバイオリンケースを持った千秋が現れた。
「あっ、千秋ちゃん!」
「千秋、大丈夫?病気だったの?」
皆が口々に叫び、千秋の回りを取り囲んだ。
千秋は、予想外に自分の復帰を喜ぶ人達が多かったことに少々戸惑いながらも、出演するこ
とにして本当に良かった、と思っていた。音階練習をしていた貴子もフルートを構えたまま
こちらを振り向き、目で微笑んだ。獏に促され、空いていた3プルトの裏の席に座ると、千
秋はいつもの癖で、ふとトランペットの席の方を向いた。
 学は気がつかないふりをしつつ、トランペットのチューン・アップに余念が無かった。


 ブラームスの1番は、無事に成功した。
 そして、レセプションも進行し、インペクの挨拶の段になった。学は、何だかこういう演
奏会になったことで、自分ばかりが目立つことに憚りを感じていた。そして、マイクの前に
立つと開口一番にこう言った。
「これは皆さんの演奏会です。ぜひ、ここにいる人全員で一言ずつ、何ていうか、今思って
 いること、感じている事を一言、本当に一言だけ、そのままおっしゃって下さい!」
拍手が起こった。マイクがスタンドから外され、周囲に座っている人々に回り始めた。
「みなさんお疲れさまでした。本当に疲れた!」
「今回のソロ、自分では音程等に少々不満が残りますが、まあ・・・」煮え切らない反省点
を並べる者もいる。
「冒頭の縦の線が決まった時点で、今日の演奏会は成功したな、と思いました」もっともら
しいが、よく考えると意味不明な評論をする者もいた。
「ブラームス最高ですねえ」月並みな言葉を並べる者もいた。頭が回らなくて訳の分からな
いことを言う者、感動でむせいで何も言えない者、よくもまあこれだけの個性的な人達がひ
とつの音楽を作っていたもんだ、と皆が思わず再認識させられる内容であった。
 貴子にマイクが来た。
「ブラ1の4楽章のソロ、吹けて本当に幸せです!ありがとう!」
 続いて獏。
「ブラ1の2楽章のソロ、弾けて本当に幸せです!ありがとう!」
貴子の物真似である。一同から笑いが起きた。貴子も一緒に笑ってくれた。
 皆に一通りマイクが回ったところで、学は再び語りかけた。
「さて、ここで皆さんにひとつ、話しておかなければならないことがあります。・・・・実
 は、私は仕事上の都合により、今回の演奏会をもってこのインスペクターの職を退くこと
 になりました。」
急に会場がざわつき始めた。学は淡々と続けた。
「自分としては、本当、残念な思いです。ただ、後ろを振り返る気はありません。私は今日
 まで、皆さんと音を合わせてきました。そして、これから暫く独りになります。『独り』
 だと、音楽をやっても合わせる相手がいない、とお考えかもしれません。でも違うんです。
 独りでトランペットを吹いていても、ハーモニーは作れるんです。そう、一つは実際に出
 している音、そして自分自身とのハーモニー。つまり、自分がこれだ!って思った音を出
 せる事って、まさに和音がぴったり合うぐらいの充実感がありますよね。私たちみたいに
 音楽をやっている人にとって、それって原点のような気がするんです。だから皆さんも、
 一人一人が、それぞれ出したいと思っている音をまっすぐに追求して頂きたいんです。そ
 うすれば、皆で、わっ、と音を合わせる時に、解決するカギになります。これ、本当なん
 です。このオーケストラのメンバー一人一人の個性はそのまま生きていて、皆が一体にな
 ったときに、そのどれでもない新たな個性が生まれる。そんなオーケストラを、自分は夢
 見ているんです。」・・・・


              

 レセプション会場の前にて。獏が言った。
「学、今晩は飲み明かさないのか?」
「うん、明日朝一番で取引先の社長に挨拶しなきゃ。お前は?」
「仕事なんか関係ねーよ、騒がせてもらうぜ」
「まあ、月曜日遅刻すんなよな」
「おう、じゃあな!お元気で!」獏は2次会へ行く集団の中に入っていった。

貴子が出てきた。
「シスコでも頑張ってね」
「ありがとう。貴子もな」
「うん」
「それじゃあ」
「うん・・・じゃあね!」

「お疲れ様でした。じゃあ私は研究室に戻りますんで」
「お疲れ様。これから宜しくな」
「わかりました。本当は、僕は黒子に徹する方が性に合っているんですけどね」
「アクターよりもプロンプター、ってやつか。まあ、こういう時もあるさ」
「ええ、頑張ります。ご心配は要りませんから」
「色々と有り難う」
「いえ」
遠藤は車を取りに、駅とは逆の方角に歩いていった。

駅までの長い並木道。しばらく、沈黙が続いた。
「学さん」
「え?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・手紙、出すね」
「・・・・うん」
「本当はなるべく、思い出さないようにしたいんだけどさ。どうしても我慢できなくなった
 ら、・・・・会いに行くかも。飛行機苦手なんだ。けど頑張って乗って、アメリカ行くよ」
「そうか」
「でも、私なんか気にしないで。私よりずっとすてきな人がいたら、どんどんその人を好き
 になってあげて。私の事なんか、新しい思い出で塗りつぶしちゃっていいから・・」
千秋はちょっとだけ、声を詰まらせた。
「何言ってんだよ。いつでもおいでよ。それにさ、駐在期間はどうせ2年と決まっているん
 だ。2年なんて、すぐ経つさ」
千秋の表情が少し明るくなった。
「なーんだ」
「何が?」
「え?・・・・へへっ」
「?」
意味のわからない学の耳に、千秋がそっと囁いた。
「向こうで、2人っきりで式挙げるのかなって思ってたから」
「・・・・期待してた?」
「・・・・一寸ね」
「・・・・必ず帰って来るからさ。待ってろよ」
千秋は黙って頷き、再び沈黙が訪れた。が、お互いの気持ちは確実に軽くなってきていた。
「あ、梅の花が咲いてる!」
「え、どこに?」
「ほら、あそこ!学さん」
「え、どこどこ」
「はい、あっち」千秋の手が、学の指差す方向を修正した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「そうか」
「・・・・え?」
「・・・・もうすぐ、春だよね」
「・・・・そうですね」
夜もすっかり更け、2人は闇と静寂の中へ消えていく。
「もう1年か」
「うん!・・・・」



(The End)





  ★ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。

                           By 狂箪笥




〔改訂版あとがき〕


 さて、「それハモ」が脱稿しました。いかがでしたでしょうか。

原典版といいましょうか、まだタイトルも登場人物名も決まっていなかった時のものに比べ

れば、まあ1ミリ位は進歩したんじゃないかな、と自分では思っています。

 ただ、改訂作業が9割方終わったところで、またしても「壁」が眼の前に立ちはだかって

しまいました。この「それハモ」のコンセプト自体です。即ち、読者が玄人か素人か、とい

うのは語弊がありますが、「音楽マニアによる、音楽マニアのための、音楽マニア小説」な

のか、テレビドラマよろしく幅広い層に、アマオケの世界を垣間見てもらおうというのか、

いま一つはっきりしていなかったのです。

 私自身は、プレ「それハモ」を作り始めた当時、出発点は明らかに前者でした。つまりは

完全無欠で、手抜かりのない設定と、通俗名曲路線からは少々外れた、いわば知る人ぞ知る

隠れた名曲(良い例がオネゲルの「クリスマス・カンタータ」…ほんと、いい曲なんだから)

による選曲・・・・オケ活動を経験した人にとっては、そこいらの、設定の甘いテレビドラ

マよりは数倍リアルに感じられるストーリーを展開するつもりでした。

 しかし、音楽マニア(「オタク」ともいう)にとっては面白くても、一般受けしないよう

なものもまた問題です。テレビでいえば視聴率に響くようなものです。一般受けを阻むネッ

クとしてまず考えられるのは、専門用語の乱発でしょう。クラシック音楽を知らない人に「ブ

ラ1」とかいってもピンとくるはずないですよね。誰が「ブラームス作曲・交響曲第1番」

の略だと理解できるでしょうか?

 ですから、今回の改訂作業の仕上げとして、雰囲気やストーリー進行はそのままに、必要

最小限な部分を除き、専門用語やアマチュアオーケストラ内でしか通じない俗語は、全て平

易な表現に変更しました。そのへんは、作者と同じ名前の某ジャニーズ系青年が主演した、

とあるテレビドラマが結構参考になりました(もっともあれの場合、音楽だけがストーリー

進行の「小道具」ではなかったようですが)。今回のリリースにて、その効果は表れたでし

ょうか?また、鋭い意見など頂ければ幸いに存じます。

 さて、この「それハモ」、現時点では特にシリーズ化の予定はありませんし、ドラマ自体

そもそも永遠に書き続けようとは思っていません。とはいうものの、そろそろ「それハモ2」

のアイディアが頭を過っていたりして・・・・

(そういえば、前回はクリスマスイブ、今回は七夕ですね)



                           1996.7. 7 自室にて


もとい