連続オンラインドラマ

それぞれの『ハーモニー』       By 狂箪笥(^^)


第2話「夢・情熱」

 ベルリオーズは多少の混乱はあったものの、何とか最後までいった。
 初練習が終わって、皆が思うことは「所詮19世紀の曲よ、楽勝楽勝」というものと、
「フランス物って難しい、やっぱりさらおう」というものに二分される。
 どこからともなく、飯食いに行こうぜ、と声が掛かり、オケの面々は皆、近所のファミ
リーレストランへ移動した。
 これまた、話題は二分できる。音楽論と、他愛のないいわゆるゴシップの類。
「『幻想』ってさ、要するに片想いの話でしょ。あのさ、アンリエッタ・スミスソン?と
 かいう人をベルリオーズが好きになってさ、それで、振られた腹いせに作ったっていう
 じゃない。」
「片思いをした人じゃないと、あの激しい表現はわからないよね。普通あんな所で、急に
ピアニッシモになんか落とさないよ」
「うんうん、オケのことなんて何にも知らないよね」
「でも管弦楽法の本を作った人だぜ」
「単なるバカじゃないの、自殺未遂してるし、結婚したらしたで、結局別れたんでしょ」
「いわゆる『紙一重』ってやつ?」一同ここで笑う。
それまで黙っていた千秋が口を開く。「・・・でもやっぱり天才だよ」
「何で?」
「最高の片想いだよ・・・」
一瞬の沈黙があり、すぐ獏が話を方向転換した。
「そういえば遠藤、おまえの同期の山口が今度結婚するよな」
「ええ、6月です」
「困ったね、俺たちみんな独身だぜ、だれかいい人いない?」
「その気になれば、すぐ見つかるんじゃないですか?」
「おいおいよく言うぜ、この狭い社会のなかでそんな果敢な人居るかよ、なあ青木」
「俺に振るなよ」
「・・・・」


 帰り道。遠藤のワゴンには獏の他、千秋も乗っていた。
「境川さん、今日はすいませんでした。結局指が回んなかった」
「まあ初日なんてあんなもんよ。じきにごまかせるようになるさ」
「私、このオケで使ってもらえますか?」
「おいおい、会社の面接じゃないんだからさ、もっと気楽にやろうよ」
「八木ちゃんなら十分だよ、あとはちゃんと練習に出て、合宿にも参加して、適当に色気振
 りまいてりゃ大丈夫」
「え・・・色気・・・ですか?」
「先輩、色気は余計ですよ」
「ハハハ、冗談だよ冗談。でも真面目な話さ、弦でうまいやつって、やりたい放題やってく
 れるぜ。本番前の2回ぐらい出ればいい方だし、セッティングしねーどころか遅刻して当
 然って顔して入ってきて、後ろのプルトでめちゃくちゃ弾くわ、金は払わねーわ、面白い
 曲だけ出てさっさと居なくなるわ・・・・ほんと、コンマス泣かせだよ」
「そうなんですか」
「八木ちゃんはそうなってくれるなよな」
「はい、がんばります、・・・・へへ」
「おーい八木ちゃん、ここの駅でよかったんだっけ」
「あ、そうです、どうもありがとうございました」
「それじゃ、今度飲みにでもいこう」
「はあ・・・あ、それじゃどうもお疲れさまでした!」
千秋がワゴンから降りてドアを閉めた後、すかさず遠藤が言った。
「先輩、振られましたね」
「アホか」
そう言いつつ、獏は実際、けっこう千秋が気に入っていた。  


 一方、学のプレリュードは貴子を家まで送るため、首都高速を走っていた。ヘッドライトの
点灯スイッチを動かしながら、学が呟いた。
「明日からまた仕事かあ」
「・・・・学」
貴子が下を向いたまま話しかけた。
「え?」
「あのさ・・3楽章ってあんなにゆっくりやるのかしら。息が持たない」
「初練習だからだろ、慣れれば自然に速くなってくるさ」
「弦楽器大丈夫かなあ、バイオリンとか」
「そんなにひどかったっけ」
「今度新しく来た人かなあ、ストバイの3プル表の子なんか、弓順逆になってたよ」
「ああ、ひょっとして八木ちゃんのこと?あれは許してやってよ、あの子初心者なんだ」
「彼女のこと知ってるの?」
「うん、オケの後輩。で、大学に入るまで、3年間ブラスでファゴットやってたんだ」
「えー何で?何であんな小さい躰でファゴット?」
「ジャンケンで負けたんだって」
「うそー、可哀相過ぎる・・・・」
やがて沈黙が訪れ、プレリュードは高速の出口を探し求めていた。


 週が明け、月曜日になった。千秋も、少しだけ練習の疲れが残ってしまった。 しかし、
それは何も彼女だけではない。土・日曜はデートだドライブだで充実しすぎたらしく、周り
は皆眠そうな人ばかりである。さて、OLの昼休みの定番メニューは、概ね週末の土産話と
決まっている。
 そこに、なぜか今日は中原主任が話に加わってきた。そして、顔色の冴えない千秋をまじ
まじと見ると、怪訝そうに訊ねた。
「どこか具合悪いの?」
千秋は平然と応える。
「えー全然元気ですよ」
「そうかな、顔色わるいかなって思ったから」
「私の場合『色』が余計ですよ」
「いや、色気はある」
「何・・・おやじー」
ここでめでたく昼休みは終わり、皆は仕事に戻った。


 夜の8時。貴子の勤め先である高校は、もはや無人状態である。否、音楽準備室には、ま
だ灯がともっていた。
 頃合いを見計らい、貴子は楽器ケースと、そしてカセットテープ大のチューナーを取り出
して、無人の音楽室に向かった。頭の中では、昨日の練習での出来事をひとつひとつ反芻し
ていた。隣のオーボエ奏者とピッチが合わず、言い争いになったのだった。
 どっちが高い、どっちが低い?
 リードの長さがどうとかって?幅がどうとかって?
 そんなのは自分の「家庭の事情」でしょ。音程は絶対よ。正しい答えは1つだけよ。
 私は妥協しない。完璧な音程で決めてやるわ。それも純正調で。
 そう思って、貴子はチューナーの電源を入れ、おもむろに楽器に息を吹き込み始めた。そ
して彼女は、自宅で採点するためのテスト答案用紙を取りに学校に戻り、聞こえてきたフル
ートの音色にひかれて音楽室まで来てしまった英語教師吉田潔がずっと見ていたことなど、
練習を終えて帰るまで気がつかなかった。



 額の汗をハンカチで拭いつつ、営業活動中の学は取引先の会社のビルから出てきた。
今、11時30分。あと30分で何ができるだろうか、と思いを巡らせながら交差点で信号を待っ
ていたら、後ろから声がした。
「おーい、青木!」
振り向いたら、獏であった。
「おう、奇遇だな。どうしたんだ」
「どうもしてねえよ、営業だよ、営業」
「ああ、そう言えば、お前今年からカタギだったよな」
「何言ってんだよ、それよりも飯食いに行こうぜ」
獏はそう言うと、半ば無理やりに学をランチサービス中の居酒屋に押し込んだ。学も、30分
早いけどまあいいか、と思って獏の誘導に従った。
「獏、お前この辺の担当か?」学が訊ねる。
「うん、まあな。売れっこないのに目標ばっか積みやがってよ。たまんねえぜ」
「メーカーはまだいいと思うぜ。自分たちの物があるからね」
「商社は?」
「うーん、あんまりな。物を右から左へ動かすのが仕事だからね」
「そんなもんかねえ」
と言って、獏は生姜焼を口に放りこんだ。
 定食を食べ終え、爪楊枝を手に取る段になった時、獏は改まって言った。
「そりゃそうとさ」
「何?」
「この間のフロイデの練習で思ったんだけどさ。八木千秋って、いいよな」
「何が?」
「何がって、・・・・いいよな」
「・・・・惚れたか?」
「いや、そうじゃないけどさ。結構真面目に練習してるし」
「ごまかすんじゃねえよ。やっぱ惚れてるな、お前。でもあいつ可愛いよな」
「ま、俺の如きにゃあ引っ掛からねえけどな」
「そんな事ねえよ」
とフォローしたところで、学の携帯電話のベルが鳴った。二言三言話して切ったのち、慌た
だしく上着を手にし、袖を通し始めた。
「ごめん、すぐ会社に戻らなきゃ」
 かくいう獏も、顧客とのアポイントの時刻が迫っている。とりあえずは今度学の部屋で飲
む約束だけして、その場は別れた。


 千秋の会社、廊下のコーヒーの自動販売機の前にて。
中原主任がコーヒーの入った紙コップを持って歩いていたところ、千秋がお盆に6人分のお
茶を乗せて水屋から出てきた。
「あっ!」
出合い頭に衝突した結果、辺りは目茶苦茶な状態になった。
「すいませーん!本当に、ごめんなさいっ!」
「いやいや、大丈夫かい」
中原主任は、破片を拾い集めつつ、謝りながら床を拭いている千秋を見た。その健気な姿が、
何とも言えずいとおしかった。
 ひとつ、『お詫びの印に』食事へ誘おうか。


 数日後のアフターファイブ。
「へえ、中原さんもクラシック音楽が好きなんですか」
「まあ、聴くだけさ。僕はモーツァルトなんか好きだね」
かくして、中原主任と千秋はシティホテルのラウンジで、フランス料理を食べながら話をし
ている。千秋自身は、自分に理解を示す中原主任に対し、前向きの感情を持っていた。従っ
て、食事のあとのカラオケの誘いも、すんなりと受け入れた。
2時間後、カラオケボックスから満足気に出てきた千秋に、中原主任が話しかける。
「楽しかったね」
千秋は時計をみて、思わず叫んでしまった。
「あっ!もう電車が無い!」
中原主任は全く動揺する様子もなく、千秋の肩を抱き寄せ、声を低くして言った。
「さあ、ホテルに戻ろう」
「・・・・え?」
「部屋を予約してあるんだ」


(to be continued....)


もとい