連続オンラインドラマ

それぞれの『ハーモニー』       By 狂箪笥(^^)


第1話「到着」

 

 金曜日。今週の仕業を終えた青木学の職場では、話題は自然に週末の話になるものである。
そして、やがて皆は近くの赤ちょうちんへ繰り出そうということになった。一般的な話だが、
サラリーマンというものは「群れる」という機能が欠けた途端に仕事がやりにくくなるもの
だ。しかし、酒付き合いは良くないが売り上げがピカイチである学に関しては、あまりそれ
は当てはまらない。
「どうだ、軽く三十分」
「申し訳ありませんが今日はちょっと・・・・」
学は上司の誘いを丁重に断る。そして思う。果たして今日は何時間と三十分なのだろう?実
際、学は下戸である。
「何か用事か?」
「ええ、ちょっと。すいません、お先に失礼します」
周りが「デートか?」とひやかすのも耳を貸さず、学はオフィスを出て駅に向かった。
 はたして、デートであった。いつもの新宿の喫茶店で学を待っていたのは金井貴子である。
「明日はやっと第2土曜日よ。もう嬉しくて」
「よかったね」
等々の会話の後、二人は高層ビルの上のカクテルバーへ。静かな雰囲気の中、昨日見たテレ
ビ番組の話や新聞を賑わせたニュースなど、初めのうちは他愛のない話題が続き、二人の
会話の断片は飲み物を持ってくるフロア嬢を微笑ませる。しかしやがて、内容はだんだんと
フロア嬢の分からない単語の羅列と化してくる・・・・
「3から5はやっぱりアタッカかなあ」
「2楽章のピストンソロ楽しそうね」
「いや、あれはソロじゃいけないんだ。あくまでも“隠し味”、単なるオブリガートなのさ」
「あさってアングレ来るの?」
「人は来る。で、団長がブツを手配しているけど、当たればいいよね」
「そうね、で、バンダは?」
「バンダはトラだからなあ、来ないとみたよ」
「じゃあ今度のトゥッティはは無しね、よかったあ、あそこのユニゾン、ピッチが合いそ
 うになくて怖いの」
「いや、やるかも知れないよ。まあマエストロ次第だね」等々。


 一方そのころ、八木千秋の勤めている銀行ではやっとその日の収支が合い、皆帰り支度を
しているところであった。着替えているロッカーの向こう側で、OLの声がする。
「今年もあったね、新人のポカミス」
「確かにあのフォーマットよくないよ、絶対逆に書いちゃうもの」
そのポカミス、私もやったわよ。千秋もそう呟いてロッカー室を出た。
 同僚の女性陣は、これから六本木のディスコでストレスを発散するとのことで、集団は銀
行を出ると、争うように地下鉄の入口に向かっていった。
「元気ねえ」
その徒党を横目で見つつ横断歩道で信号を待っていると、後ろから職場の先輩である中原主
任にポンと肩をたたかれた。
「八木さん、一緒に飲みに行かない?」
「いえ、今日は家に帰って資格試験の勉強を・・」
千秋はその場は適当にごまかして断る。
「じゃあいつなら都合がいい?今度の水曜あたりは?」
結構しつこい。とりあえず社交辞令で、
「はい」
とだけ言って、信号が青に変わったのをいいことにその場はさっさと先に歩いていった。
 駅では、既にラッシュ時に差しかかっていた。千秋も結構混んでいる電車に乗り、とりあ
えず自分の居場所は確保したところで、バッグからウォークマンを取り出してヘッドホンを
着けた。そしてポツリと言った。
「5楽章弾けるかなあ・・・さらわなきゃ・・・」 

 


  

 現役大学生の遠藤一樹は、夜は飲食店でアルバイトをしている。
 その飲食店ではツケがきくのをいいことに、境川獏はよくここへやって来ては、先輩風を
吹かせるのを常としていた。今日も獏は、カウンターで独りで水割りを飲み、仕事の合間の
遠藤に話しかけている。
「どう、最近の現役の娘(こ)ってかわいい?」
「文学部とか、短大はけっこういい線いってるすよ」
「弦の新歓コンパ、そろそろあるんだろ?」
「ええ、再来週の月曜日かな、ありますよ。来ませんか?」
「何だ、平日じゃねえかよ、行けるわけねえだろ」
「先輩、そこをねらってるんすよ」
そう言って平然としてカクテルを作っている遠藤に、獏は少々嫉妬心を覚えた。
「だからか!最近の若いもんはなっとらん!」
しかし遠藤も、気分屋の獏“先輩”のあしらい方は心得たものであった。
「まあ、いいじゃないですか。しかたないっすよ。明後日、フロイデ・フィルに初めて来る
娘(こ)に賭けた方がいいと見ましたよ」
「まあな、電話の声を聞いた限りじゃ結構かわいかったな」
 


 そして日曜日、フロイデ・フィルの今シーズン初めての練習である。
 まさにこの日を待ちかねていたかのように、都内のとあるホール内の練習室へ、楽器を持
った人達が続々と集まってくる。
 学と貴子は一緒に車に乗って現れた。獏は遠藤のワゴンに便乗して到着。そして、千秋も
バス停から降りてきた。 
 単なるがらんどうであった空間が、次第にオーケストラの配置になってくる。やがて、楽
器の音が聞こえ始めた。オーボエのA音による儀式の後、一瞬の静寂。
 マエストロの棒は振り下ろされた。

(to be continued...)




もとい